シェアリングエコノミーラボ (Sharing Economy Lab)

プラットフォームビジネスモデル入門&実践【第2回】台頭するビジネスエコシステム

【第2回】台頭するビジネスエコシステム

ビジネスエコシステムとは何か?

「プラットフォームビジネスモデル入門&実践」の初回として、前回は「プラットフォーム指向ビジネスモデルデザインの4つのステージ」について説明しました。今回は、プラットフォームを理解する上で、最も重要な上位概念であるビジネスエコシステム(以降、単にエコシステムと呼ぶことがあります)について触れていきましょう。

前回ご説明した通り、エコシステムとは、「協働と競争の双方を通じて、価値の生成と消費を行う多様なエンティティから構成される動的かつ共進化するコミュニティ」を意味します。元来、エコシステムとは生態学で使われていた概念であり、相互に作用を及ぼす生物のコミュニティ、このコミュニティの存続と繁栄に大きな影響を与える外部環境(例:外気、水、土壌)を指すものです。例えば、海洋のエコシステムといった具合です(図1)。

図1:海洋のエコシステム(※1)

エコシステムという概念がビジネスの世界に取り込まれたのは、インターネットの普及によって様々な組織や個人が相互に結び付き始めた1990年代半ばのことです。ヒト、ビジネス、デバイス、データの間における膨大なオンライン上での繋がりから生じる新たな経済、いわゆるデジタル経済と呼ばれる現代において、この概念は益々注目されるようになってきました。

生態学において、特定のエコシステムに大きな影響を与える生物種をキーストーン種(かなめ石)と呼びます。ある生物種がキーストーン種であるか否かという判断は、少ない生物量と大きな影響という2つの条件を満たす必要があると言われています(※2)。ビジネスエコシステムにおけるプラットフォーム所有者は、このキーストーン種に例えることができます。つまり、あるエコシステム内において、ほんの一握りのプラットフォーム所有者しか存在することはないが(例えば、モバイルOSのプラットフォームは、AndroidとiOSがほぼ占有している)、そのエコシステムの存続や繁栄に対して大きな影響を与えることを意味します。

(※1)https://www.sciencelearn.org.nz/image_maps/32-marine-ecosystem
(※2)ウィキペディア(キーストーン種)による

ビジネスエコシステムを構成する3つの側面

エコシステムは、エンティティ、価値提案、価値交換という3つの主要な側面から構成されます(図2)。1つ目のエンティティとは、エコシステム内において特定の役割を演じるプレイヤーを意味します。ビジネスの世界においては、価値の生産者(または提供者)、その価値の消費者(利用者)が挙げられます。これらのエンティティは、大企業、中小企業、個人事業主、個人やグループであったりします。

生産者は協働で価値を生成することもあれば、お互い競合することもあります。また、直接的に価値を生成あるいは消費することはないにしても、エコシステム全体に影響を与える行政、業界/消費者団体、教育機関、メディアなどもエンティティに含まれるでしょう。キーストーン種としてのプラットフォーム所有者もまたエンティティとなり得ます(全てのエコシステムに、プラットフォーム所有者が存在するとは限りませんが)。

図2:エコシステムを構成する3つの側面

2つ目の価値提案とは、各々のエンティティを直接的/間接的に引き付けるものを意味します。プラットフォーム所有者が存在するエコシステムにおいて、価値提案は、生産者が消費者を引き付けるもの(例:特定スキルの獲得)、プラットフォーム所有者が生産者と消費者の双方を引き付けるもの(例:取引コストの軽減)の2つに大別されます。

3つ目の価値交換とは、各々のエンティティ間で交換される価値のタイプとその方法を意味します。典型的には、生産者がプロダクトやサービスを消費者に提供し、その見返りとして消費者は対価を支払うことが挙げられるでしょう。もっとも、これ以外の価値交換のタイプと方法も多く存在します(例:クックパッドの生産者はコンテンツとしてのレシピを提供し、消費者はその見返りとしてコメントなどの評判を生産者に与えます)。

エンティティ、価値提案、価値交換の類型やサンプルについては、次回以降に取り上げていく予定です。

ビジネスエコシステムの市場規模

さて、現在どのような種類のエコシステムが具体的に存在するのでしょうか? あるいは、将来エコシステムが台頭するようになるのでしょうか? コンサルティングファームのマッキンゼーは、2025年までに12の大きな分類からなるビジネスエコシステムの台頭を予想しています(図3)。この予想によれば、売上ベースで全体として約60兆ドル(約6,600兆円)という巨大な市場であり、これは2025年における世界GDP予想の3分の1を占めることになります。

図3:ビジネスエコシステムの市場規模予測(2025年)

現在注目を浴びているMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)は、移動というエコシステムに分類されると考えることができそうです。その市場規模(2025年)は、日本円にして約220兆円にも上ります。移動エコシステムにおいては、MaaS事業を構築しようとしているMaaSプロバイダー(プラットフォーム所有者)を中核として、データプロバイダー、輸送オペレーター、顧客/利用者などを含んだ非常に多くのエンティティが存在します(図4)。

図4:MaaSのエコシステム(※4)

次に、Apple社のiOSプラットフォームを中核としたエコシステムの市場規模(2013年)を見ていきましょう(図5)。主要なエンティティには、音楽や書籍などを制作するコンテンツ制作者(約9900億円の売上)、モバイルアプリ開発者(2兆9700億円の売上)、アクセサリー製造者(約7700億円の売上)、Apple社自身が提供しているiPhoneなどのデバイス(15兆1800億円)、そして消費者が含まれます。全体として20兆円弱もの市場規模となっています。これに、通信プロバイダーを含めるとすれば、その規模はさらに大きくなることでしょう。

図5:iOSプラットフォームを中核としたエコシステムの規模(2013年)(※5)

Apple社は、プラットフォームビジネスとパイプラインビジネス(Appleデバイスの生産と販売)の双方を運営しています。これはハイブリット型プラットフォームビジネスモデルと呼ばれることがあります。同社の例でいえば、iOSプラットフォームがAppleデバイスの売上を促進すると同時に、Appleデバイスの普及がiOSプラットフォームを拡張するという相乗効果があります。現在、パイプラインビジネスを運営し、プラットフォームビジネスモデルを視野に入れている企業は、純粋な新規プラットフォームビジネスだけでなく、ハイブリット型のビジネスモデルも検討する必要があるかもしれません。

(※3)Digital/McKinsey:Insights「Winning in Digital Ecosystems」による
(※4)researchgate.net「The Mobility as a Service Ecosystem」による
(※5)VisionMobile.com「Ecosystems and Digital Business Models」による

ビジネスエコシステムを活性化するプラットフォーム

エコシステムは、各々のエンティティ相互の交流を通じて変化していくとともに、外部環境の変化の影響を大きく受けるものです。例えば、外部環境の変化に対応することができずに死滅してしまった恐竜のエコシステムが挙げられます。

存続と繁栄のための健全なエコシステムは、生産性、堅牢性、多様性という3つの条件を満たす必要があります(図6)。1つ目の生産性とは、各々のエンティティがプラットフォームに参加することで、プラットフォームに参加しないよりも、生産性が向上し、新しいテクノロジーをより早く活用できることを意味します。2つ目の堅牢性とは、各々のエンティティの倒産や廃業の率が少なく、末永く生存できることを意味します。3つ目の多様性とは、ニッチなエンティティが台頭し、多様なプロダクトやサービスが生まれてくることを意味します。

例えば、前述したApple社のiOSプラットフォームは、ワールドワイドで60万人以上のモバイルアプリ開発者としての雇用を生み出したと言われています。同様に、eBayが提供するマーケットプレイスは、100万人以上の物品の売買によって生計を立てる個人や組織を生み出しています。これは、プラットフォーム所有者がエコシステムにおけるロングテール(※7)の顕在化に貢献していることを意味するものです。

図6:健全なエコシステムの3つの条件(※6)

プラットフォーム所有者は、エンティティ間の取引や交流(価値交換)を促進することによって、特定のエコシステムを活性化(存続と繁栄)させるという重要なミッションを持っています(図7)。そのためには、ビジネスモデルの視野を組織内部(自社中心)から組織外部(エコシステム全体)に広げていかなければならないのです。

図7:プラットフォームによるエコシステムの活性化

現在、皆さんの組織はどのようなエコシステムに属しているのでしょうか? あるいは、将来どのエコシステムに属することになるのでしょうか? 少し大袈裟に言えば、皆さんには3つの選択肢があります。

1つ目は、選択したエコシステム内のプラットフォーム所有者になることです。2つ目は、第三者が所有するプラットフォームの参加者(生産者として)になることです。3つ目は、第三者が所有するプラットフォームに参加することなく、独自の路線を走ることです。もちろん、プラットフォーム所有者を目指すことが最善の策であるとは限りませんが、将来における皆さんのビジネスモデルに対する複数のシナリオを検討する時期がきているのではないでしょうか?

次回は、プラットフォームと同じく注目を集めているデジタルトランスフォメーション(DX)の深い関係についてご説明していく予定です。

(※6)参考:『キーストーン戦略』(翔泳社)
(※7)ロングテールとは元来、インターネットを用いた物品販売の手法、または概念の1つであり、販売機会の少ない商品でもアイテム数を幅広く取り揃えること、または対象となる顧客の総数を増やすことで、総体としての売上げを大きくすることを指すもの(ウィキペディアより)

筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done

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