新しい経済形態として世界中で注目を集めるシェアリングエコノミーは、お隣の大国中国でも爆発的な普及を見せています。中国でのシェアリングエコノミーの浸透には目を見張るものがあり、人口の多さと新しいものを取り入れることに積極的な中国人の気質、スマートフォンの普及率の高さが相まって、規模・速度ともに他国と一線を画します。
今回はそんな中国のライドシェア事情を読み解くとともに、日本市場との比較から、今後の両国間におけるライドシェア業界の展望まで見ていきましょう。
目次
- 中国におけるライドシェア事情
・ライドシェア拡大の理由
・白タクへの法的対応
・Uberと滴滴出行の攻防 - 日本におけるライドシェア事情
・白タクへの法的対応
・過疎地での対応 - 日本で利用される中国配車アプリについて
・越境タクシーという問題
・今後の対応 - まとめ
1.中国におけるライドシェア事情
中国では法整備や国民の気質、スマートフォンの普及など複数の好条件が揃い、シェアリングエコノミーが急速に普及しています。スマートフォンアプリを使ったライドシェアもそのひとつ。
中国は世界最大のライドシェア市場であると同時に、独自のローカライズ戦略でライドシェアの旗手Uberを中国市場から事実上撤退させてしまうほど、圧倒的なシェアを誇るライドシェアのプラットフォーム「滴滴出行(DiDi)」を輩出しています。
ライドシェア拡大の理由
中国は近年の経済発展から自動車の個人所有が一般化し、都市部では深刻な交通渋滞が生じていました。
加えてタクシーは路上で捕まえにくく、白タクは違法営業である上にぼったくり被害の温床となっていたので、スマートフォンを使って配車から支払いまでシームレスに利用できるライドシェアサービスは、瞬く間に市民の足となりました。
また中国でのライドシェア普及の背景には、スマートフォンの普及率が高いことも大きく影響していると言われます。スマートフォンの普及に伴ってモバイル決済も日常生活に浸透しており、スマートフォンを使ったオンラインショッピングをはじめとして、キャッシュレスな消費に抵抗がない土壌がライドシェアの利用を一層促進しました。
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白タクへの法的対応
2016年7月中国政府は世界に先駆けて、合法的なライドシェアを運営するための条件を定める「网络预约出租汽车经营服务管理暂行办法(インターネット予約タクシー管理サービス暫定措置法)」を制定しました。
これによりドライバーは「网络预约出租汽车驾驶员证(ネットワーク予約タクシー運転免許証)」と呼ばれるライドシェア営業をするための許可証を得て、運行することなどが定められました。また国や省・自治区は、この措置法の下それぞれの地域の条件を組み合わせて、条例を策定することができます。
法制定により条件が発生し、規則が厳しくなった面もありますが、安全性やサービスとしての信頼性・品質を高める上でも、世界初のライドシェアの合法化に注目が集まっています。
Uberと滴滴出行の攻防
中国ライドシェアの覇者となった滴滴出行(DiDi)は、2015年2月に「快的打车」(Kuaidi Dache)と合併したところから躍進を始めます。当時「滴滴打車」(Didi Dache)と名乗っていましたが、この合併からすこしあとに現在の滴滴出行となり、中国の2強が繰り広げるドライバーへの報奨金や乗客への割引争いは終焉を迎えるかのように見えました。
ところが中国に進出していたUber China(優歩)が、2014年からこの補助金競争に乗り出します。さらにUber Chinaは、滴滴出行が当時行っていた従来のタクシー配車サービスとの差別化を図り、P2Pつまり自家用車を使ったライドシェアプラットフォームを展開し始めました。
滴滴出行もこれに追随し、両社はドライバーと乗客の囲い込みのための熾烈な補助金競争を繰り広げるようになったのです。
しかしUber Chinaは大都市での高級路線を狙い、ドライバーの囲い込みに苦戦したと言われるのに対し、滴滴出行は大都市から地方まで1,500万人のドライバーが登録していると言い、シェアの高さが圧倒的になりました。またアプリの使いやすさなどの改善対応も素早く、現地企業の強みを生かしたサービスが提供できているとの分析もあります。
加えて2016年に中国政府が制定したライドシェアを合法化する法律には、補助金競争を抑制するため赤字営業を認めないという条項があり、料金も政府や自治体が制定するものとしたため、ついにUber Chinaは滴滴出行との合併を受け入れることとなりました。
合併となったものの、Uber Chinaは滴滴出行の株式を20%ほど獲得したため、今後も中国市場を席巻すると見込まれる滴滴出行が黒字化すれば、結局は両者にとって合併が有益であったとなるのでしょう。
2.日本におけるライドシェア事情
日本のライドシェア市場は、タクシーが普及している都市部と、人口減少で公共交通機関の運行が危ぶまれる過疎地とで、状況が大きく異なります。そのそれぞれの事情を踏まえて、詳しく見ていきましょう。
白タクへの法的対応
日本でタクシーとして営業を行うためには、定期的な車両点検と、第2種運転免許が必要です。これらを消化せず有料で乗客を運送するライドシェアは、現行法の解釈では白タク行為に該当すると言われています。ただし、現行法でライドシェア自体が違法だと明言されているという事実もなく、グレーゾーンだとする見方もあります。
また、タクシーが普及する都市部では、だれでも気軽にドライバーになれるライドシェアに対して、これまで法の下で高品質なサービスを提供してきたタクシー業界から猛烈な反発があります。
2015年2月「みんなのUber」として福岡市で、P2Pのライドシェア検証プログラムを実施したのですが、当初は非営利目的の検証であるとされていたのに、ドライバーに対してUberからデータ提供料として支払いがあるとわかり、行政指導により検証は中止されました。
このことからも日本では道路運送法の改正が行われない限り、自家用車を使って人を運送する有料のライドシェアサービスは違法となることがわかります。
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【まとめ】ライドシェアリング事業は違法の「白タク行為」にあたるのか?
過疎地での対応
日本の過疎地でライドシェアが活用されている事例には、京都府の京丹後市に導入されている「ささえ合い交通」と、北海道の中頓別町の「なかとんべつライドシェア」があります。
どちらも過疎化が進み、住民の日常を支える交通手段の確保が難しくなったため、公共交通空白地有償運送に基づいてライドシェアの導入に踏み切った地域です。
両地域で導入した仕組みは、Uberのスマートフォンアプリを使って配車を依頼し、移動に利用とするというもの。
デバイスを持たない高齢者にはタブレットを貸し出していましたが、運用を続けるうちに利用者の利便性を高めるため、電話で配車を依頼できる仕組みを立ち上げたり、クレジットカードを持たない住民でも利用できるように、現金払いも可能になったりしています。
3.日本で利用される中国配車アプリについて
日本に訪れる中国人観光客の白タク利用が、頻繁にメディアで取り上げられるようになりました。越境白タクと言われるこの問題の実態を詳しく見ていきましょう。
越境タクシーという問題
これまで述べてきたように、中国はライドシェア先進国(規定を満たせば合法)であり、日本はライドシェア後進国(非合法)であるというように、2国間のライドシェアには大きな環境の違いがあります。
この先進国である中国から訪れる観光客が、自国のライドシェアアプリを使って、日本国内の移動をライドシェアで予約してしまうという現象が増加し、国内のタクシーなど既存サービスが浸食されつつあるというのです。
中国本土ではライドシェアは合法であっても、日本では認められていないのであれば本来は非合法な利用になるのですが、多くの中国人はこれを単なる「日本社会の遅れ」としてとらえ、犯罪という認識はないのだとも言われています。
またこの越境白タクの浸透には、圧倒的な利便性の高さが影響しています。つまり利用は国外であっても、国内から使い慣れたスマートフォンアプリを使って予約でき、普段と同じ決済方式。ドライバーは渡航先に住む中国人なので言葉の不便もありません。訪日中国人観光客にとって、これ以上便利な移動手段があるでしょうか。
これは日本でのみ起きている問題ではなく、現地ドライバーとなる中国人が暮らすすべての国で同様に起きている問題だと考えられます。
今後の対応
一方で現在の日本には、この訪日中国人観光客が利用する越境白タクを取り締まるための法律がありません。現金の受け渡しも発生しないので、見かけ上中国人同士の単なる「お迎え行為」にも見え、知人同士だと言われてしまえば摘発は困難と言われています。
しかし今後は中国人観光客だけでなく、あらゆる訪日観光客が同様の方法で越境白タクを利用し始めることも懸念されるため、早急かつ、賢明な対処が求められるのは間違いありません。
一方では、中国最大のライドシェアプラットフォーマー滴滴出行が2018年春にも日本の第一交通産業と提携して、タクシーの配車サービスを開始すると報じられました。
この提携は第一交通のタクシーを滴滴出行のアプリを使って配車するものなので合法ですが、すでに問題視され始めた同社のアプリを利用した越境白タク問題との兼ね合いは、どのような着地点を迎えるのでしょうか。こちらの状況はしばらく目が離せません。
3.まとめ
日本と中国の間には国民気質や経済環境の違いがあり、現状ではライドシェアの普及においても違いが生じているようです。欧米の大企業ですら中国進出は大きなハードルがあることがUber Chinaの撤退からうかがえる一方で、日本のライドシェアは規制緩和の余地があるのか、もし規制緩和された場合、Uberや滴滴出行が巨額の資本をバックに進出してきたら、既存業界に世界的な勢力と対峙する力はあるのかなど、今後の日本のライドシェア市場には国家レベルで検討されるべき要素が山積しています。