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【第10回】市場におけるテストと検証

これまでの記事で、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインにおける最初の2つのステージ、特定のエコシステムにおける事業機会の探索(ステージ1)、選択したエコシステムにおけるプラットフォームの戦略デザイン(ステージ2)について説明してきました。今回は、それに続く3つ目のステージ「市場におけるテストと検証」を概説していきましょう(図1)。

図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ

最小実用プラットフォーム

このステージにおいては、前ステージであるプラットフォーム戦略デザインの中で最も重要かつリスクの高い前提に関するフィードバックを得るために、最小実用プラットフォーム(※1)という考え方を採用していきます。これは、それらの前提が実世界において有効か、または無効かを検証することを目的とするものです。前提が有効であると判明すれば、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインにおける2番目のキャズム(乗り越えなければならない溝)を克服した可能性が高くなり、実際にプラットフォームビジネスを立ち上げ、4つ目のステージ「成長戦略の策定と実行」に移動することができます。一方、前提が無効であると判明すれば、もう一度2つ目のステージを見直す必要があります。もちろん、これは失敗を意味するものではありません。大きな失敗を回避するために必要とされる反復(イテラティブ)プロセスなのです。

ご存知の方も多いでしょうが、これはリーンスタートアップというアプローチで採用されている最小実用プロダクトの考え方を受け継いでいるものです。最小実用プロダクトとは「最低限の労力で、顧客に関する仮説が検証され、スタートアップチームの学習が最大化できるプロダクト」を意味します(※2)。この言葉を借りるとすれば、最小実用プラットフォームとは「最低限の労力で、選択したエンティティに関する仮説が検証され、プラットフォーム所有者の学習が最大化できるプラットフォーム」と定義できます。どちらにも共通していることは、仮説検証による学習が目的であり、プロダクトやプラットフォームを売り込むことが目的ではないということです。異なる点としては、プラットフォームはより双方向的な交流に依存しており、そのタイプはネットワーク効果の生成とともに成長していくというものです。

最小実用プロダクトには多くの種類があり、その中のいくつかは最小実用プラットフォームでも活用できます。どれを選択するか、あるいはどれを組み合わせるかは、プラットフォームの性質、費やせる時間やリソース(例:コスト、プログラマー、コンタクト先のリスト)にもよりますが、ここでは解像度(どれだけ本物に近いか)と潜在顧客へのリーチ(プラットフォームの場合は、潜在エンティティへのリーチ)という2つの尺度で分類してみました(図2)。

図2:最小実用プロダクトのタイプ

聴き慣れない言葉があるかもしれませんので、少し補足しましょう。オズの魔法使いとは、本来であればシステム化されているはずのプロダクト(例:ウェブサイト)の裏側で、実際には人間が手作業でカバーすることによってシステム開発のコストを減らす方法です(※3)。一方、コンシェルジュとは全てを手作業のみで行なってしまう方法です。非常に原始的ですが、フィードバックを直接的に得られることにメリットがあります。また、スモークテストとは、顧客(エンティティ)がサービス(プラットフォーム)のアイデアにどれだけ興味があるかのみをテスト/検証するための方法であり、サービス紹介ビデオと事前注文などがこれに当たります(※4)。

もし、前ステージ「プラットフォーム戦略デザイン」に主要なエンティティが参加協力してくれれば、これも1つの最小実用プラットフォームとみなすこともできます。次に、著名なプラットフォーム企業が創業時に行っていた最小実用プラットフォームのケースをご紹介していきましょう。

(※1)Minimal Viable Platform(MVP)。この言葉は、プラットフォームビジネスの専門化であるサンギート・ポール・チョーダリーによって提唱されました。Minimal Lovable Platform(最低限愛されるプラットフォーム)と呼ぶ人もいます。
(※2)Minimal Viable Product(MVP)。この言葉は、リーンスタートアップの提唱者の1人であるエリック・リースによって提唱されました。
(※3)映画「オズの魔法使い」で魔法使いとされた人物が、実際は中年のおじさんだったことから名付けられたようです。創業時のザッポス(オンラインによる靴の小売り)が、ウェブサイトに注文が来る度に創業者が靴を買いに行っては梱包し、配送するというプロセスを手作業で行っていたことで有名になりました。
(※4)ドロップボックス(クラウドベースのストレージサービス)がサービス紹介ビデオを公開することで、一気に利用者が増えたことで有名になりました。

著名プラットフォーム企業のケース

ソーシャルネットワーク型プラットフォームの場合、プラットフォームの原型であるソフトウェアプロトタイプを限定の人々に使ってみてもらうことからスタートすることが多いようです。フェイスブック創業者のザッカ―バーグは、自身が通っていたハーバード大学の学生限定でプロトタイプを使ってもらい、フィードバックを得ながら主要な他の大学に拡大していったのは有名な話です(図3)。一方、ツイッターは、創業メンバーが独立前に所属していた企業内において、同僚の間で利用できるシンプルなショートメッセージサービス(SMS)というアイデアからスタートし、プロトタイプを通じて社内限定で展開していました。

図3:初期のフェイスブック

シェアリングエコノミー型プラットフォームの場合、ランディングページを生成することによって仮説検証を行うことが多いようです。例えば、エアービーアンドビーはWordPress(※5)を活用して、最初に創業メンバー達のアパートの写真だけを掲載したシンプルなページを作成することからスタートし、徐々にレンタル可能なアパートのリストを増やしていきました。利用希望者は、ブログに滞在したいとコメントを残すだけの非常にシンプルなものでした(図4)。

図4:初期のエアービーアンドビー

今日、上記の著名企業のプラットフォームには優れたデザインと豊富な機能がありますが、それらの基本的な部分は徹底的に検証されて初めて構築されたものであることを覚えておくことは重要です。

(※5)オープンソースのブログおよびコンテンツ管理ソフトウェア。

専用ツール(ノーコード)の活用

現在において、ノーコードと呼ばれるプログラミングを必要としないアプリケーション開発ツール群が続々と生まれてきています。これらのツール群の多くはオープンソースであり、無料トライアル期間が設けられていることが多いため、活用してみる価値は大いにあるでしょう(※6)。

例えば、Sharetribeというツールを活用すれば、最小実用プラットフォームを立ち上げるために必要な基本的な設定を迅速に行い、公開できます。さらに利用者は、サインアップ、プロファイル作成、サービスの追加、検索とフィルタリング、予約や支払いまでを自身でおこなえます(図5)。ただし、前述したとおり、これらのツールを仮説検証による学習を目的として活用する際、最初から複雑にしないように注意することが必要です。

もし、皆さんが個人によるヨガやフィットネスに関するプログラムを提供するトレーナー(生産者エンティティ)と受講者(消費者エンティティ)を結び付けるプラットフォームのアイデアをお持ちであれば、近隣に住む10人程度のトレーナーに協力をもらうことからスタートしたら良いかもしれません(プラットフォーム戦略デザインのワークショップに参加協力してくれた方々であればなお良いでしょう)。

図5:専用ツールの活用(Sharetribe)

(※6)代表的なものに、Sharetribe、Jungleworks、Kreezalid、Structured Domains、arcadier、Nimbleなどがあります。

最少実用プラットフォームキャンバス

最後に、市場におけるテストと検証に必要な要素を整理するための最小実用プラットフォームキャンバスの作成手順のポイントについて、概説していきましょう(図6)。

●最小実用プラットフォームにおいて、プラットフォーム所有者として印象付けたい経験がなんであるかを定義することから始めます(例:ホストによるゲストのおもてなし)。

●これらの経験における最も重要かつリスクが高い前提が何であるかの優先付けし、最初にテストおよび検証すべきものを決定します。
・【前提1】人々は、本人確認が保証されていれば他人を家でもてなすことに関心 をもつだろう。
・【前提2】上手く編集された写真は、滞在してみたい意思を増やすだろう。
・【前提3】旅行者は、新しい滞在経験に対してX%のコミッションを喜んで支払うだろう。

●可能な限り最も無駄のない最小実用プラットフォームを構築する方法を決定します。
・予約に対してフェイスブック・グループを活用する。
・フィードバックは電話で確認する。
・その他は手作業で対応する。

●この最小実用プラットフォームが、優先順位の高い前提をどのようにテストしようとするのかを検討します。
・【前提1】プロファイルが分かる選択された人々をフェイスブック・グループに招待する。
・【前提2】専門カメラマンによって撮影された写真をフェイスブック・グループに掲載する。
・【前提3】満足した旅行者にのみ、滞在後にペイパルで支払ってもらう。

●選択された前提が有効か、または無効かを判別するための客観的かつ偏りのない基準を設定します。
・【前提1】招待した人のうち、A%がフェイスブック・グループに参加する。
・【前提2】Bに参加した人々の中で、B人の人々が写真をシェアする。
・【前提3】実際に滞在した旅行者の中で、C%が支払う。

●期間を定めてテストを行い、設定した基準をクリアしているかどうかを検証する。

図6:最小実用プラットフォームキャンバス

テストと検証を通じて学習したことを評価するために、Strategyzer社(※7)が提供しているテストカードと学習カードを併用してみても良いでしょう(図7)。

図7:テストカード/学習カード

最小実用プラットフォームによるテストと検証は、プラットフォームのデザインに立ち戻り、潜在的に異なる選択をすることに役立てるべきです。もしエコシステムとプラットフォームのフィットの有効性が検証されれば、次のステージ「成長戦略の策定と実行」に進むことができるでしょう(※8)。

(※7)ビジネスモデルキャンバスを考案したアレックス・オスターワルダーらによって作られた組織。
(※8)多くの場合、この時点において、正式な組織を立ち上げ、本格的なプラットフォームシステムを準備していきます。

首尾よく進行すれば、事業機会の探索から市場におけるテストと検証までのステージを通じて、大きなコストを費やすことなく短期間で有望なプラットフォームビジネスモデルを見つけられることでしょう。次回からは、クリティカルマスの獲得、ガバナンスモデルの構築、収益モデルの確立、取引/交流とサイドの拡大について触れていきたいと思います。


筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done

主な講演

    • PMI⽇本フォーラム2018(ジョブ理論によるイノベーションプロジェクト)
    • ⽇経ものづくりセミナー(知財ビジネスモデル)
    • 翔泳社/⽇⽴Business Book Academy(ビジョンとミッションの作り方)
    • ビジネスモデルイノベーション協会(ビジネスモデルオリンピア2016)
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