【第3回】デジタルトランスフォメーションとプラットフォーム
デジタルトランスフォメーションの背景
今回は、多くの企業の関心を呼んでいるデジタルトランスフォメーション(略してDXと呼ばれる)とプラットフォームの関係について概説していきましょう。
デジタルトランスフォメーションとは、IT(情報技術)の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるという概念であり、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱したとされています(※1)。これはどちらかというとマクロ社会経済的な捉え方であり、ミクロ企業活動レベルで言えば、デジタル技術を活用したビジネスモデルを通じて組織を変革し、業績を改善することを意味します。本題に入る前に、デジタルトランスフォメーションが注目を浴びる背景について説明していきましょう。
19世紀以降、私たちは世界経済の成長を支えてきた4つの牽引ドライバー(原動力)としての技術を見ることができます(図1)。1番目は産業革命を支えた蒸気機関であり、2番目は汎用コンピューターの活用をベースとしたIT経済です。3番目はインターネットの普及であり、アマゾンやグーグルに代表されるように、従来の業界の垣根を超えたビジネスモデルをもつ企業が誕生するようになりました。これは、日本の元号に照らし合わせると昭和の終わり頃から始まるトレンドでした。そして現在は、デジタル経済の時代に突入したと言われています。前回、触れた通り、デジタル経済は、ヒト、ビジネス、デバイス、データの間における膨大なオンライン上での繋がりから生じる新たな経済を意味します。
図1:GDP成長の牽引ドライバー
次に、インターネット経済の初期から現在にかけての世界の時価総額トップ10企業を見ていきましょう(※2)。平成元年におけるトップ企業においては、ヒト、モノ、カネといった保有している大量のリソース(経営資源)から価値を生み出している企業が高く評価されていた時代と言えるでしょう(バブルという要素を考慮しないとしても)。一方で、令和元年におけるトップ企業10社のうち8社はプラットフォームを所有していることは注目に値します(図2)。また、デジタル経済の申し子と呼ばれるウーバーやエアビーアンドビーに代表されるユニコーン企業(※3)の多くもプラットフォーム指向のビジネスモデルを運営しています。プラットフォームが21世紀における最強のビジネスモデルと呼ばれるのは、このためです。
図2:時価総額トップ企業の変遷
さらに、この半世紀の間に大きく変化したことは、企業の平均寿命(存続年数)が極端に短くなってきていることです。米国の代表的な上場企業から構成されるS&P500をサンプルにとれば、1964年におけるS&P500企業の平均年齢が33歳であったのに対し、2016年には24歳にまで若くなっています。この数字は、2027年においては12歳まで縮まると予想されています(※4)。
図3:米国企業の平均寿命
デジタル技術を駆使した企業(特にプラットフォーム指向ビジネスモデル)の急速な拡大、企業寿命の縮小、さらには中国スタートアップ企業の台頭などが、既存企業(特に20世紀を謳歌してきた企業)に大きな危機感を募らせ、デジタルトランスフォメーションに対する関心を高めているのです。それは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」に例えられます。
(※1)ウィキペディアによる
(※2)以下を参考に作成
https://media.startup-db.com/research/marketcap-global
https://www.180.co.jp/world_etf_adr/adr/ranking.htm
(※3)創業10年以内、評価額が10億ドル以上、未上場、テクノロジー企業という4つの条件を兼ね備えた企業を指す。
(※4)これには倒産/廃業だけでなく、合併/買収が含まれる
デジタルトランスフォメーションの4つの類型
デジタルトランスフォメーションとは、デジタル技術を活用したビジネスモデルを通じて組織を変革し、業績を改善することと前述しましたが、キーワードは2つあります。それは、ビジネスモデルとデジタル技術です。
ビジネスモデルとは、組織が価値を生成、提供、獲得する論理的な根拠を説明するものです(※5)。つまり、対象とする市場や顧客に価値あるプロダクトやサービスを生成および提供し、その対価としての金銭的な価値(つまりお金)を獲得する論理的な根拠です。分かりやすく言えば、ビジネスが上手く機能するストーリーです。
革新的な新規ビジネスの創造であれ、既存ビジネスの変革であれ、そのきっかけ作りを素早く行うための有用なツールとして全世界中で幅広く使われているものにビジネスモデルキャンバスがあります。ビジネスモデルキャンバスは、ビジネスモデルに関する4つの側面と9つのコンポーネントから構成されています(図4)。それは、価値(価値提案)、価値の生成(リソース、主要活動、パートナー)、価値の提供(顧客セグメント、チャネル、顧客との関係)、価値の獲得(収益の流れ、コスト構造)です。
図4:ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスを使って、デジタルトランスフォメーションの4つの類型(ここでは、デジタルトランスフォメーションを実現しようとする企業が目指す大きな方向性)について考えていきましょう(図5)。
1つ目は、デジタル活用によるプロダクトの革新(サービス含む)です。これはビジネスモデル内の価値(価値提案)に焦点を当てるもので、プロダクトのデジタル化(例:新聞、音楽、写真、広告)(※6)、デジタルによる強化(例:センサー付シューズ)、アンバンドル化(例:電子書籍+電子書籍リーダー)、バンドル化(例:XaaS=プロダクトのサービス化)などがサンプルとして挙げられるでしょう。
2つ目は、デジタル活用による顧客経験の生成です。これはビジネスモデル内の価値提供(顧客セグメント、チャネル、顧客との関係)に焦点を当てるもので、アマゾンゴーに代表されるように、オンラインとオフラインの融合による顧客との新しい交流(O2O:オンラインツーオフラインとも呼ばれる)を実現しようとするものです。
3つ目は、デジタル活用によるオペレーションの変革です。これはビジネスモデル内の価値生成(主要活動、リソース、パートナー)に焦点を当てるもので、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などを駆使したインダストリアルインターネット、サプライチェーンの再編成など、バックエンドのオペレーション領域における変革を目指そうというものです。
もっとも、これら3つの類型は相互に排他的なものではありません。例えば、プロダクトのデジタル化は、オペレーションの変革または顧客経験の生成にも大きな影響を及ぼすでしょう。いずれにせよ、これらのいずれかに最初の焦点を当てることで、組織の変革と業績の改善(収益の向上、コストの削減、新しい収益源の生成)を実現しようとすることが、デジタルトランスフォメーションの意図なのです。
図5:デジタルトランスフォメーションの4つの類型
4つ目は、本稿のテーマであるデジタル活用によるプラットフォームの構築です。これは、前述の3つの類型とは異なり、ビジネスモデル全体に関係してくるものです。これを理解していただくために、デジタルトランスフォメーションを2つの大きな軸に分けて考えていきましょう(図6)(※7)。
最初の軸は、フィジカルからデジタルへの変革を示すもので、前述の3つの類型(デジタル活用によるプロダクトの革新、顧客経験の生成、オペレーションの変革)が含まれます。もう1つの軸は、パイプラインからプラットフォームへの変革を示すものです。
図6:デジタルトランスフォメーションの2つの軸
(※5)ビジネスモデルキャンバスを考案したアレックス・オスターワルダー(スイスのコンサルタント)らの定義
(※6)プロダクトのデジタル化は、既存企業のデジタルトランスフォメーションというよりも、新興企業によるデジタル破壊という意味合いが強い
(※7)出典『プラットフォーマー 勝者の法則 コミュニティとネットワークの力を爆発させる方法』(日本経済新聞出版社)
パイプラインvs.プラットフォーム
プラットフォームが21世紀における最強のビジネスモデルであるとすれば、20世紀における最強のビジネスモデルがパイプラインでしょう。パイプラインとは、バリューチェーンに代表されるように、川上から川下に至るまでの直線的な活動によって構成されるビジネスモデルです(※8)。
パイプラインがプロダクトやサービスの販売によって収益を上げることを目的とするのに対し、前回ご説明した通り、プラットフォームはエコシステムを活性化することにより収益を上げることを目的とします。リソース(経営資源)の観点では、パイプラインは企業内部にリソースを蓄積する一方で、プラットフォームは企業外部(エコシステム)のリソースの有効活用を図ります。
図7:パイプラインvs.プラットフォーム
ビジネスモデルの視点で見れば、プラットフォーム企業はさらにピュア型とハイブリッド型という2つのタイプに分類できます。21世紀に生まれた多くのスタートアップ企業(例:ウーバー、エアビーアンドビー、フェイスブック)は純粋なプラットフォーム指向のビジネスモデルであるのに対し、20世紀中からビジネスを行っている企業(例:アマゾン、マイクロソフト、アップル)はパイプラインとプラットフォームを上手く組み合わせることによって変革しつづけてきた企業といえます(図8)(※9)。したがって、多くのパイプライン企業は、ハイブリッド型を目指すこととなるでしょう(※10)。
図8:ピュア型vs.ハイブリッド型
(※8)製造業だけでなく、サービス業も、人員の雇用→人員の教育→現場への配置→サービスの提供といったパイプライン指向のビジネスモデルである
(※9)アマゾンは小売業、アップルやマイクロソフトはメーカーでもある
(※10)例えば、トヨタは脱・車メーカーを宣言しているが、クルマの製造を止めるとは宣言していない
プラットフォームの急速な拡大を促進する2つのドライバー
なぜプラットフォームが、21世紀における最強のビジネスモデルと呼ばれるのでしょうか? なぜプラットフォームを所有している企業が業績を急拡大し、高い評価を得ているのでしょうか? これはITバブルの最到来の予兆でしょうか? これらは、ネットワーク効果と限界費用ゼロという2つの主要なドライバーによって経済学的に説明されるようになってきました。
ネットワーク効果とは、企業によって提供されているモノ(プロダクトやサービスの機能など)が同じであっても、ヒト(生産者や消費者など)が集まれば集まるほど価値やベネフィットが指数関数的に高まることを意味します。例えば、世界中で携帯電話を所有しているヒトが数人しか存在しなければ、携帯電話をもつことの価値やベネフィットは限定されます。ヤフオクの当事者が数人しか存在しない場合でも同じです。もっとも、ネットワーク効果には正のネットワーク効果と負のネットワーク効果がありますので、これについては後の記事で取り上げていきます。
限界費用ゼロとは、1つ追加で価値あるものを生成および提供するためにかかるコストが限りなくゼロに近づくことを意味します。例えば、クルマとソフトウェアを比較してみましょう。どちらも初期開発コストは発生します。一方、車1台を追加で生産する場合には製造コストが発生し、消費者に提供(販売)する場合には販売コスト(ディーラーなどに対するマージンなど)が発生します。他方、オンライン上でソフトウェアを販売する場合において、ソフトウェアを1つ追加で生産するコストや提供(販売)するコストは限りなくゼロに近づくでしょう(※11)。ネットワーク効果はビジネスモデルの需要サイドに好影響を与え、限界費用ゼロは供給サイドに好影響を与えるのです。
あらためて、この2つのドライバーをデジタルトランスフォメーションの2つの軸にプロットしてみましょう。フィジカルからデジタルへの変革に対して、限界費用ゼロのメカニズムのみが働くことになります。一方、パイプラインからデジタル活用によるプラットフォームへの変革に対しては、限界費用ゼロだけでなくネットワーク効果のメカニズムが働くことになるのです(図9)。
図9:プラットフォームの急速な拡大を支える2つのドライバー
(※11)ソフトウェアの場合、在庫コストや複製コストはほとんどかからないし、オンライン上で直接的に提供していれば販売コストもほとんどかからない
デジタルトランスフォメーションに不可欠な5つのデジタル技術
最後に、パイプラインであれ、プラットフォームであれ、デジタルトランスフォメーションに不可欠な5つの汎用的なデジタル技術、SMACITをご紹介しましょう。これは、Social(ソーシャル)、Mobile(モバイル)、AI(人工知能)(※12)、Cloud(クラウド)、IoT(モノのインターネット)の頭文字をとったものであり、どのような業種やセクターにとっても活用できるデジタル技術です(図10)。
デジタルトランスフォメーションにとって重要なことは、これらの技術がビジネスモデルの各々の側面やコンポーネントに対して与える本質的な影響を理解するとともに、複数の技術を組合せながらビジネスモデルにプラグインし、ビジネスモデルがどのように上手く機能し始めるかを検討することです(ビジネスモデルにデジタルの電流が走ることをイメージしてみましょう)。
例えば、ソーシャルは、特定のトピックに関心をもつ潜在的な顧客グループ、特定の専門知識やスキルをもつ潜在的なパートナーを生成します。モバイルは、いつでもどこでも情報を容易に収集できる消費者が常時携帯しているチャネルとなり得ます。人工知能は、特定のオペレーションや顧客に対する深い洞察という新たな知的リソースを加えられるでしょう。
図10:SMACIT
ネットフリックスは、SMACITを上手く組合せながら、DVDの宅配サービスからオンラインストリーミングサービスへとデジタルトランスフォメーションを図ることにより、グローバルにビジネスを展開することによって急拡大した良いお手本です(図11)(※13)。
図11:ネットフリックスのビジネスモデル
(※12)元々は、Analytics(アナリティクス)となっていた
(※13)ストリーミングを開始した2007年の売上は約12億ドル、2018年の売上は約158億ドル(日本上陸は2015年)
次回は、本題に戻り、プラットフォーム指向ビジネスモデルデザインの4つのステージにおける最初のステージである事業機会の探索について触れていく予定です。
筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。
「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done
主な講演
- PMI⽇本フォーラム2018(ジョブ理論によるイノベーションプロジェクト)
- ⽇経ものづくりセミナー(知財ビジネスモデル)
- 翔泳社/⽇⽴Business Book Academy(ビジョンとミッションの作り方)
- ビジネスモデルイノベーション協会(ビジネスモデルオリンピア2016)