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【第11回】クリティカルマスの獲得&ガバナンスモデルの構築

今回から、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの最後のステージである「成長戦略の策定と実行」の要点について簡潔に説明していきます(図1)。このステージにおいては、プラットフォーム特有のテーマであるクリティカルマスの獲得、ガバナンスモデルの構築、収益モデルの確立、取引/交流とサイドの拡大を取り扱っていきます。本稿の中でも触れていきますが、これら4つのテーマは相互に関連していることに注意を払う必要があります。

図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ

クリティカルマスとネットワーク効果

プラットフォーム指向のビジネスモデルを立ち上げ、その成長(スケールアップ)を目指していくために最初に実現しなければならないことは、クリティカルマスを獲得することです。プラットフォームにおけるクリティカルマスとは、各々のエンティティがプラットフォームに参加することによって得られるベネフィットが、プラットフォームに参加するためのコストを上回るために必要とされるポイント、つまりプラットフォームの普及が指数関数的に伸び上がる分岐点を意味します(※1)。この分岐点とは、具体的にはプラットフォームに参加する必要最低限の生産者エンティティと消費者エンティティの各々の数とその総和を意味します。そして、プラットフォームの規模がクリティカルマスを超えると、以前のブログでご説明したネットワーク効果(※2)が威力を発揮してくるのです。

ネットワーク効果を説明する上で、よく引き合いに出されるのがメカトーフの法則です(※3)。これは通信ネットワークに関する法則で、通信ネットワークの価値は利用者の数の二乗に比例するというものです(図2)。例えば、電話の利用者が世の中に2人しかいなければ、その電話の機能がいかに優れていたとしても利用者にとってのベネフィットはほとんどありません。一方で、電話の機能が変わらなくても利用者が増えるほど利用者全体にとってのベネフィットが高まる、つまり潜在的な結び付きが指数関数的に増大していきます。

図2:メカトーフの法則

プラットフォームにおける広義のネットワーク効果とは、プラットフォームに参加することによって特定のエンティティ(生産者または消費者)が得るベネフィットに対して、同種または異種のエンティティが参加することによって与える影響を意味します。これは、プラス(ポジティブ)/マイナス(ネガティブ)、サイド内(同一サイド)/サイド間(クロスサイド)という2つの視点から4つのタイプに分類できます(図3)。

プラス(ポジティブ)のサイド内(同一サイド)ネットワーク効果:プラットフォームに参加する同種のエンティティ(生産者または消費者)の数が増えるほど、サイド内のエンティティ全体に対するベネフィットが高まること。前述したメカトーフの法則は、これに相当します。

●マイナス(ネガティブ)のサイド内(同一サイド)ネットワーク効果:プラットフォームに参加する同種のエンティティ(生産者または消費者)の数が増えるほど、サイド内のエンティティ全体に対するベネフィットに不都合が生じること。例えば、消費者に対して生産者が多すぎると、生産者同士の過当競争が起こる場合が、これに相当します。

プラス(ポジティブ)のサイド間(クロスサイド)ネットワーク効果:プラットフォームに参加する異種のエンティティ(生産者または消費者)の数が増えるほど、サイド間のエンティティ全体に対するベネフィットが高まること。

マイナス(ネガティブ)のサイド間(クロスサイド)ネットワーク効果:プラットフォームに参加する異種のエンティティ(生産者または消費者)の数が増えるほど、サイド間のエンティティ全体に対するベネフィットに不都合が生じること。

図3:ネットワーク効果の4つのタイプ

因果ループ図(※4)を使って、ウーバーのクロスサイドのネットワーク効果を考察してみましょう(図4)。より多くのドラーバーの参加は、より多くの地域カバー率と浸透度を生み、それがより迅速なピックアップ時間を実現し、最終的にはより多くの乗客の需要を生み出します。また、より多くの地域カバー率と浸透度は、より少ないドライバーの空き時間(より多くの稼働時間)を生み、最終的には乗客により安く価格を提供できる可能性を生み出します。これらは、プラスのネットワーク効果(好循環)を表しています。

一方で、乗客の数に対してドライバーの数が多くなりすぎれば、ドライバーの非稼働時間が増大してしまいます。反対に、ドライバーの数に対して乗客が多くなりすぎれば、乗客の待ち時間が長くなってしまう恐れがあります。これらはマイナスのネットワーク効果(悪循環)を表しています。多くの場合、これは需給バランスが悪いことに原因があります。

図4:ウーバーの好循環/悪循環ループ(※5)

他の代表的なプラットフォームにおけるプラスのサイド間ネットワーク効果についても見ていきましょう(図5)。エアービーアンドビー(シェアリングエコノミー)においては、ホスト(生産者)が増えるほど、ゲスト(消費者)にとって、潜在的にはより安い価格で、より多くの選択肢が広がり、より広い地域がカバーされるというベネフィットが高まります。一方で、ゲスト(消費者)が増えるほど、ホスト(生産者)にとって、保有しているスペースに対するより高い利用度合いというベネフィットが高まります。ヤフオク(マーケットプレイス)やペイパル(決済ネットワーク)においても、同様のネットワーク効果が働きます。

図5:クロスサイドの正のネットワーク効果

プラットフォーム所有者は、プラスのネットワーク効果を強化し、マイナスのネットワーク効果を軽減することに努めなければなりません。言い換えれば、プラスのネットワーク効果こそがプラットフォーム指向のビジネスモデルにとっての主要な価値の源泉であり、これが発揮されるとプラットフォームは自己強化サイクルに突入していくことになり、追随または先行する他のプラットフォームに対する圧倒的な競争優位をもたらします。

因果ループ図に加えて、プラットフォームに参加するエンティティ間(プラットフォーム所有者自身を含む)で交換される価値、エンティティ間で作用するネットワーク効果を可視化して理解するために、エンティティリレーションシップモデルを描写しておくことも役立つでしょう(図6)。

図6:エンティティリレーションシップモデル

一般的なプロダクトやサービスのクリティカルマスは潜在的な利用者の10~15%と言われることがありますが(※6)、プラットフォームにおけるクリティカルマスの水準に関しては定かではありません。ただし、前ステージにおいてエコシステム内のエンティティを特定する際に、その潜在的な市場規模(人数、世帯数、組織数など)を推定しておくと良いでしょう。

(※1)ティッピングポイント(臨界点)と呼ばれることもあります。
(※2)一般的な定義としては、利用者が増えれば増えるほど、ネットワーク(プラットフォーム)の価値が高まり、利用者にとっての便益が増すことを意味します。ネットワーク外部性と呼ばれることもあります。
(※3)イーサネット技術の開発者であるロバート・メトカーフによる経験則で、1993年に紹介されたものです。
(※4)因果ループ図とは、システム思考(複雑な状況下で変化にもっとも影響を与える構造を見極め、様々な要因のつながりと相互作用を理解することで、真の変化を創り出すためのアプローチ)を表現する際の重要なツールの1つです。
(※5)「プラットフォーム・レボリューション」(ダイヤモンド社)を参考にしております。
(※6)アメリカの社会学者エベレット・M・ロジャースは、1962年にイノベーター理論の中で16%と提唱しています。

ニワトリとタマゴのジレンマの解決

クリティカルマスの獲得が、プラットフォームの成長(スケールアップ)にとって不可欠でありますが、これを実現する際に乗り越えなければならない高い障壁が「ニワトリとタマゴのジレンマ」、つまり需要(生産者)と供給(消費者)のどちらを先に獲得すべきかという問題です。

ここでは、このニワトリとタマゴのジレンマを解決するために、いくつかの戦術(※7)をご紹介していきます。最も基本的な戦術(クリティカルマス獲得後も活用することができる)は、6つの獲得ルート(※8)を経て生産者と消費者の需給バランスをとりながら獲得していくというアプローチです(図7)。需給バランスをとるために、この6つのルートをタイミングに応じて使い分ける際、それはジグザグ戦術と呼ばれることがあります。

6つの獲得ルートとは、(1)プラットフォームから直接的に新たな生産者を獲得する、(2)プラットフォームから直接的に新たな利用者を獲得する、(3)プラットフォームに参加した既存の生産者を通じて新たな生産者を獲得する、(4)プラットフォームに参加した既存の利用者を通じて新たな利用者を獲得する、(5)プラットフォームに参加した既存の利用者を通じて新たな生産者を獲得する、(6)プラットフォームに参加した既存の生産者を通じて新たな利用者を獲得する、です。

これを実行するために、口コミ、ソーシャルメディア、ダイレクトメール、広告などが活用されます。プラットフォームにおいて、特に口コミやソーシャルメディアを活用したプル型の施策は、ダイレクトメールや広告を活用したプッシュ型の施策よりも低コストかつ有効性が高いと言われています。

図7:6つの基本的な獲得ルート

この基本的な戦術を補完/強化し、変化を加えるために、以下の戦術を組み合わせることができます。

生産者/消費者にインセンティブを与える:この代表的な戦術には、金銭または金銭以外のインセンティブを生産者または消費者、あるいはその双方に与えることです。金銭的な方法のサンプルとして、ペイパルは立ち上げ時に新規会員と第三者の紹介料として10ドルを利用者(消費者)に提供していました。一方、グーグルはアンドロイド普及のために、多額の賞金をゲームアプリ開発者(生産者)に用意していました。友達紹介に対するポイント付与や期間限定のポイント増などもこれに相当するでしょう。非金銭的なインセンティブとしては、何らかの便利ツールや支援サービスの提供(特に生産者)があります。例えば、レストランを容易に予約できるプラットフォームであるオープンテーブルは、レストラン(生産者)に対して予約管理システムを提供することから始めました。アマゾンは、商品の保管、注文、出荷、配送、返品に関するフルフィルメントサービスを売り手(生産者)に提供しています。パイプラインビジネス運営者がプラットフォームビジネスに乗り出す際、この戦術は有効かもしれません。

サイドをスイッチしてもらうことを促進する:これは、生産者と消費者がピア(対等)の関係となる可能性がある場合に効果があるものであり、サイドスイッチング戦術と呼ばれることがあります。例えば、学びのマーケットプレイスを提供するストアカでは、講座の受講者(消費者)に対して「先生としてもデビューしてみませんか」というメッセージを送っています。

プラットフォーム所有者が一時的に生産者/消費者を兼任する:ユーチューブの立ち上げ時において、創設者自らが動画を投稿していたことは有名です。同様にアップルは、iPhone事業の立ち上げ時においては、最初に自社で開発したアプリをiOSプラットフォームに搭載していました(※9)。これは、種まき戦術と呼ばれることがあります。マーケットプレイスにおけるプラットフォーム所有者によるサクラ出品なども、これに相当します。

他のプラットフォームの利用者を誘導する:ペイパルは立ち上げ時に、イーベイのマーケットプレイスの利用者にアプローチしていました(※10)。同様にエアービーアンドビーは立ち上げ時において、ローカル情報を交換するためのプラットフォームであるクレイグリストの利用者にアプローチしていました。これは、便乗戦術と呼ばれることがあります。

特定の地域に集中する:これは特定の地域にプラットフォームへの参加者を限定することによって、参加者間の濃い関係性を構築し、その範囲を徐々に広げていく戦術です。フェイスブック(ハーバード大学)、ウーバー(サンフランシスコ)、日本ではヤマハ発動機が提供するバイクシェアサービスである月極ライダー(埼玉県中心)が、これに相当します。これはマイクロ市場戦術と呼ばれることがあり、プラットフォーム外における参加者の交流がある場合に有効でしょう。

クリティカルマスを獲得するためにニワトリとタマゴのジレンマを解決しながら、プラスのネットワーク効果を強化するためのアクティビティを管理するために、様々なツールが存在します。ネットワーク効果キャンバスはその代表的なツールです(図8)(※11)。

図8:ネットワーク効果キャンバス

(※7)戦略と呼ばれることもありますが、本稿では成長戦略を実現するための戦術として取り扱います。
(※8)「プラットフォーマー」(日本経済新聞出版社)を参考にしています。
(※9)実際には、iOSプラットフォームをアプリ開発者に開放することに難色を示していたスティーブ・ジョブスが、後に考えを改めたというのが真実のようです。
(※10)後に、ペイパルはイーベイに買収されることになります。

ガバナンスの構築

ガバナンスとは、プラットフォームに参加するエンティティが遵守しなければならない規則、規範、方針などを意味します。例えば、プラットフォームへの参加条件、プラットフォーム上で推奨または禁止される振舞い、参加者同士のトラブルに関する対処などが含まれます。

クリティカルマスの獲得がプラットフォーム参加者の量に焦点を当てるものであるとすれば、ガバナンスの構築はプラットフォーム参加者の質に焦点を当てるものと言えます。また、適切なガバナンスの構築は、負のネットワーク効果(例:ある参加者の適切でない振舞いが、サイド内またはサイド間の参加者に迷惑をかける)の軽減にも役立ちます。

ガバナンスの実行は、第7回で説明した参加者の中核的な取引/交流を構成する各々のアクション(例:生成する、結び付ける、消費する、対価を支払う)に対して、定められた規則、規範、方針を通じてプラットフォーム所有者が監視、統制、是正することを意味します。是正に関するサンプルとしては、違法コンテンツの削除(ユーチューブ)や違法行為をしたアカウントの停止(ツイッター)といったペナルティ、悪質なホストに遭遇したゲストに対する代わりのホストの手配(エアービーアンドビー)、紛争解決プログラム(イーベイ)、補償(ライドシェアの保険による補償)などが挙げられます。

ネットワークキャンバスと同様、ガバナンスの構築に必要とされる要素を整理するために、ガバナンスキャンバスといったツールを活用することができます(図9)(※12)。

図9:ガバナンスキャンバス

(※11~12)プラットフォームイノベーションキット(https://platforminnovationkit.com/)を参考にしています。

最終回である次回は、成長戦略の策定と実行ステージにおける残りの2つのテーマ、収益モデルの確立および取引/交流とサイドの拡大について触れていく予定です。


筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done

主な講演

    • PMI⽇本フォーラム2018(ジョブ理論によるイノベーションプロジェクト)
    • ⽇経ものづくりセミナー(知財ビジネスモデル)
    • 翔泳社/⽇⽴Business Book Academy(ビジョンとミッションの作り方)
    • ビジネスモデルイノベーション協会(ビジネスモデルオリンピア2016)
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