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【第7回】プラットフォーム戦略デザイン(3)

基本的な取引/交流のデザイン(ステップ5)

前回は、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの2番目のステージ、プラットフォーム戦略デザイン(図1)におけるエコシステムのマッピング(ステップ1)、エンティティのペルソナ描写(ステップ2)、交換価値の潜在性分析(ステップ3)、焦点を当てる関係性の選択(ステップ4)について説明しました。これらのステップは、選択したエコシステム内に存在するエンティティに関する深い洞察を得ることを目的としたものです。

今回から、これらの洞察をベースとしたプラットフォーム戦略デザインの最初のステップ、基本的な取引/交流のデザイン(ステップ5)について説明していきましょう(図2)。これは、プラットフォームがもつべき2つのエンジンのうちの1つ目である取引/交流エンジンのデザインに関するものであり、具体的には前ステップで選択した一対のエンティティ間の取引/交流に関するコストを低減することが目的です。

図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ

図2:基本的な取引/交流のデザイン

・3つの取引コスト
ステップ4を説明する前に、取引コストに関して補足しておきましょう。取引コストとは、選択したエンティティ間における取引/交流に必要とされる全てのコストを意味します。それは、金銭だけでなく、時間や労力も含まれます。取引コストは一般的に、3つのタイプに分類できます(図3)。

1つ目は探索コストであり、取引候補となるエンティティやそのエンティティが提供するプロダクト/サービスを探すためのコスト、そのプロダクト/サービスの機能や価格を比較するためのコスト、そのプロダクトの特徴を理解し、その信頼性を評価するためのコストなどが含まれます。2つ目は交渉コストであり、選択したエンティティと取引条件を連絡するためのコスト、取引内容を調整するためのコスト、取引内容を交渉するためのコストなどが含まれます。3つ目は執行コストであり、取引が契約通りに履行されているかを監視するためのコスト、契約や合意内容に沿った履行を要求するためのコストなどが含まれます。

図3:3つの取引コスト

例えばオープンテーブル(※1)は、食事客(消費者)が混み合う人気レストランを予約するために費やしていた多くの時間を減らし、レストラン(生産者)が予約を管理するために必要であった多くの労力を減らすためのプラットフォームを提供しています。同様に、ウーバーはタクシーを捕まえるのに要する煩わしいコストを減らし、エアービーアンドビーは短期レンタルが可能なスペースを探索/予約するのに要するコストを減らし、フェイスブックは友人の近況を知って交流するのに要するコストを減らし、ペイパルはオンライン決済に要するコストを減らすためのプラットフォームを提供しています。

【第4回】プラットフォーム事業機会の探索で説明しましたが、選択したエコシステムにおけるニッチプレイヤーが多いほど、あるいは取引相手としてのエンティティの選択の困難性や情報の非対称性が大きいほど、これらの取引コストも大きくなる傾向にあります。

(※1)お気に入りや評判のレストランを容易に予約することができるプラットフォーム。

・中核となる取引/交流と4つの基本的なアクション
プラットフォームのデザインは、選択したエンティティ間における中核となる取引/交流、次にそれを構成する価値単位を定義することからスタートします。中核となる取引/交流とは、プラットフォームの存在理由そのものである取引/交流であり、価値単位とはエンティティ間で価値を交換するために完了しなければならない一連のアクションを意味します。

プラットフォーム上における中核となる取引/交流は、典型的には以下の4つの基本的なアクション(※2)と価値単位(交換される最小単位の価値)(※3)から構成されます(図4)。プラットフォーム所有者は、これらに関する取引コストを削減し、シンプルかつ繰り返し可能なアクションをデザインすることが要求されます。

●生成する:最初に、生産者は何らかの価値を生成し、プラットフォーム経由で提供します。中核となる取引/交流が始まるのは、生産者が最初の価値単位を生成したときです。例えば、ヤフオクやメルカリのようなマーケットプレイスにおいては、商品アイテムの一覧情報の生成がこれに当たり、そのデータ(情報)が価値単位となります。同様に、ウーバーの場合においては生産者エンティティとしてのドライバーが利用可能であることを示し、ユーチューブの場合においては生産者エンティティがアップロードした動画がこれに相当します。

●結び付く:次に、一方のエンティティがもう一方のエンティティと結び付くことによって価値交換のきっかけが生まれます。これは、生産者のアクションがトリガーとなることもあれば、消費者のアクションがトリガーとなることもあります。プラットフォームは何らかのフィルター(例:検索クエリなどのアルゴリズムツール)(※4)を提供することにより、各々のエンティティにとって有益があり、関心を惹くものに絞りこめるようにしなければなりません。

●消費する:次に、消費者エンティティは自身の要望やニーズにマッチしたものプラットフォーム上で発見した際、生産者エンティティが生成した価値を消費することになります。プラットフォーム上における消費とは、消費者エンティティによる注文、予約、申込、視聴、閲覧、ダウンロードなどのアクションがこれに相当します。

●対価を支払う:最後に、消費者エンティティは自分が消費したものと引き換えに、生産者エンティティに対して何らかの対価を支払います。一般的には、何らかの通貨(クレジットカード、ペイパル、ビットコイン、現金など)での対価の支払いが行われますが、別な形で対価が支払われることもあります(※5)。例えば、いいね、コメント、評価、レビュー、フィードバック、場合によってはトラブルや不正の報告といった非金銭的な対価が含まれます。物々交換もあり得るかもしれません。もちろん、金銭的な対価と非金銭的な対価の双方が含まれる場合もあります。金銭としての対価の支払いをプラットフォーム内に組み込むことが可能であれば、エンティティ間の取引コストを削減することによって、その一部をコミッションとして一方または双方のエンティティに対して請求できるかもしれません。一方、非金銭的な対価の支払いの場合、一連のアクションに関心のある第三者のエンティティから広告費のような別の収益を得る可能性を模索する必要があるかもしれません(例:フェイスブック、グーグル、初期のクックパッド)(※6)。

図4:中核となる取引/交流における4つの基本的な価値単位

プラットフォーム上において、エンティティによるこれらのアクションと価値単位に対する機能をデザインするために注意すべきポイントが3つあります。

1つ目のポイントは、選択した一対のエンティティ同士がピアの関係になる可能性があるかどうかの視点です。例えば、エアービーアンドビーの場合、同じエンティティが生産者(ホスト)にも消費者(ゲスト)にもなり得ます。同様に、ユーチューブでは、動画をアップロードする生産者が、別の動画を視聴する消費者にもなり得ます。優れたデザインのプラットフォームは、エンティティが片方の役割からもう一方への役割へと容易にスイッチできるようになっています。

2つ目のポイントは、これらの取引/交流の全てがプラットフォーム上で完結するかどうかの視点です。フェイスブックやユーチューブにおいて、一連のアクションはプラットフォーム上で完結します。一方で、ウーバー経由で輸送サービスを注文すれば、それは実物の自動車を使って現実の街中で乗車サービスが提供されます。同様に、エアービーアンドビー経由で宿泊の予約をすれば、実際のスペースにて宿泊サービスが提供されることになります。このような場合、プラットフォーム所有者はプラットフォームの外において行われる取引/交流にも目を向ける必要があります。

3つ目のポイントは、エンティティ間の取引/交流の性質の視点です。例えば、1対1の取引/交流の場合、その取引/交流が完結するには双方のエンティティによる承諾が必要となります(※7)。例えば、ウーバーやエアービーアンドビーのようなシェアリングエコノミー型プラットフォームの場合、生産者と消費者の双方が取引に合意する必要があります。同様に、フェイスブックやリンクトインのようなソーシャルネットワーク型プラットフォームの場合、新しい生産者や消費者とつながる際、双方の承諾が必要となるでしょう。一方、1対多の取引/交流、典型的には1人の生産者が多数の消費者にコンテンツや情報を発信する際、承諾は不要となります(※8)。ツイッター、インスタグラム、ユーチューブなどが、これに相当します。また、各々のアクションは一方方向のものであったり、双方向のものであったりもします。

(※2)参照:「プラットフォーム革命」(英知出版)
(※3)前回も説明しましたが、主要な価値単位にはプロダクト、サービス、金銭、データ、権利、経験、評判、露出、信用、コンテンツなどがあります。
(※4) これらのアルゴリズムには、GPS、センサー、人工知能/機械学習といったテクノロジーが活用されるようになってきました。
(※5)対価を支払うは、Payではなく、Compensate(償う)という言葉が使われることが多いようです。
(※6)プラットフォームの収益モデルに関しては、別の記事で取り上げる予定です。
(※7)この本質は狭義の価値交換を意味し、ダブルオプトイン式と呼ばれることがあります。
(※8)この本質はブロードキャスト(複数のエンティティへの同時配信)を意味し、シングルオプトイン式と呼ばれることがあります。

・取引/交流エンジンボードの生成
3つの取引コスト、中核となる取引/交流における4つの基本的なアクションと価値単位を理解したら、取引/交流エンジンボードを活用して、基本的な取引/交流のデザインをしていきます(図5)。これは、プラットフォーム所有者がデザインしようとしているプラットフォームにおいて、選択した一対のエンティティ同士がいかに容易、安価、迅速に取引/交流することに役立つかを整理していくことを目的とするものです。以下にポイントを示しましょう。

●エコシステム動機マトリクス(ステップ3)の中でマップ化してきた価値の交換を促進するために、既に起こっている、または起こる可能性のある全てのアクション(動詞で表現)と価値単位を列挙していきます。複数の取引/交流の意味を分けることができなければ、それらをグルーピングしても構いません(例:予約と前払いを行う)。

●次に、取引/交流の方向性を決定するために矢印を使用します。これらの取引/交流は、双方向となることもあり得ます(例:生産者と消費者による相互の評価やフィードバック)。

●次に、エンティティ間のアクションが行われるチャネルコンポーネント(手段、媒体、場所、人間など)を検討していきます。

●最後に、注記欄に各々のチャネルコンポーネントの機能が何の取引コスト(金銭、時間、労力)を減らすかのアイデアをメモしておきます。また、各々のアクションがプラットフォーム以前においても行われていたかどうかの区別をしておくと便利です。

ここで行っていることは、あまりにも当たり前または単純であると思うかもしれません。しかしながら、どのような成功したプラットフォーム企業も、最初はシンプルな中核となる取引/交流を定義することからスタートしています。シンプルさと繰り返し可能なアクションを定義/デザインすることは、基本中の基本ともいえます。

図5:取引/交流エンジンボード

このステップでは、選択した一対のエンティティ間の基本的な取引/交流モデル、構築する必要があるチャネルコンポーネントの候補リスト(取引コスト低減のアイデア含む)を特定することができました。アクションと価値単位は、レゴのブロックのようなコンポーネントとして、後のブログでご説明するプラットフォーム経験の組み立て(ステップ7)において、他のコンポ―ネントと組合せていくことができるようになります。

プラットフォーム所有者は、選択したエンティティ間の取引コストを減らすだけでなく、プラットフォーム参加を通じて各々のエンティティが学習/成長しながら、最終的には新しい付加価値の交換を可能とする支援を行っていかなければなりません。次回は、プラットフォームがもつべき2つ目のエンジンである学習/成長エンジンを構築するためのベースとなる学習/成長メカニズムのデザイン(ステップ6)に話を進めていきましょう。


筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
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