【第6回】プラットフォーム戦略デザイン(2)
価値交換の潜在性分析(ステップ3)
前回は、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの2番目のステージ、プラットフォーム戦略デザイン(図1)におけるエコシステムのマッピング(ステップ1)およびエンティティのペルソナ描写(ステップ2)についてご説明しました。今回は、上記に続く価値交換の潜在性分析(ステップ3)および焦点を当てる関係性の選択(ステップ4)について説明していきましょう(図2)。
図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ
図2:価値交換の潜在性分析と焦点を当てる関係性の選択
価値交換の潜在性分析(ステップ3)では、エコシステム動機マトリクスというツールを活用して、前ステップでリストアップした各々のエンティティ間で現在交換されている、または将来交換される可能性のある価値の流れを分析していきます(図3)。
これまでご説明してきた通り、プラットフォームの目的は選択したエコシステム内の取引や交流を活性し、次にそのエコシステムを拡張していくことにあります。したがって、現在行っていない取引や交流をやらせようとすることはビジネスのリスクを増幅させたり、それらの取引や交流を定着させるための時間を多く費やしたりすることになる可能性があります。
いかにニッチまたは局所的であろうとも、実際に行われている取引や交流を発見していくことからスタートしていくことが重要です。例えば、エアービーアンドビー以前においても、保有物件やスペースの短期レンタルという非効率かつニッチな市場(エコシステム)が存在していたのです。そして、同社はこの市場の取引/交流を活性化することに成功したのです。
図3:エコシステム動機マトリクス
エコシステム動機マトリクスの作成ポイントを以下に示しましょう。エンティティのペルソナ描写のステップと同様に、主要なエンティティへのインタビュー実施やワークショップへの参加を通じて、各々のエンティティの言葉に耳を傾けることが不可欠です。
●前ステップで洗い出されたエンティティを、エコシステム動機マトリクス内の行と列に同じ順序で配置し、各々のエンティティのタイプを明示します(PA:パートナー、PP:ピア生産者、PC:ピア消費者)。
●最初に、異なるタイプのエンティティ間(例:特定のピア生産者とピア消費者)で交換される価値の流れ(現在交換されている価値、将来交換される可能性のある価値)を分析していきます。次に同じタイプのエンティティ間(例:特定のピア生産者同士またはピア消費者同士)で交換される価値の流れを分析します。
●「Aというエンティティは、Bというエンティティに対して何を与えるのだろうか?」と尋ねるように心がけることが重要です。例えば、エアービーアンドビーの場合、ホストはゲストに対して飾りのない旅行経験や評判を与え、ゲストはホストに対して収入やフィードバックを与えます。また、ホスト同士は特定の知識やガイダンスといった情報を提供しているでしょう(同業者同士の情報交換)。同様に、ゲスト同士は相互の旅行経験を共有しているかもしれません。
●潜在的に交換される価値がないケースもあるため、全てのセルを無理に埋める必要はありません。
交換される主要な価値を、プロダクト、サービス、金銭、データ、権利、経験、評判、露出、信用、コンテンツという8つのタイプに分類することは、交換される価値を漏れなく発見するために役立つでしょう(図4)。現代の社会経済においては、財の交換、つまり特定のプロダクトやサービスを提供することにより、その対価としての金銭を獲得することが大半の価値交換を占めることになるでしょうが、それが全てとは限りません。
例えば、クックパッドの場合、「おいしい肉じゃがを作ったわ!」「まあ、美味しそう!」というような価値交換、つまりレシピというコンテンツと評判の交換がベースとなっていると考えられます。評判と同様に、目に見えにくい無形価値には、関心、名声、影響力などがありますので、見落とさないことが重要です。
図4:価値交換のタイプ
このステップでは、プラットフォーム所有者として活性化しようとしているエコシステム内のエンティティ間で交換される価値の可能性、最も強力な関係性(多くの価値が交換される場所)の兆候を理解するようになるでしょう。
また、次のステップである基本的な取引/交流エンジンのデザインに対する深い洞察をも提供します。それは、プラットフォームとしてデザインすべき中核的な取引/交流(例:メルカリであればグッズの売買、リンクトインであれば人材募集、マッチドットコムであればデートの成立、グーグルであれば広告のクリック)、それを支える補助的な取引/交流、それを構成する価値単位(プラットフォームの参加者間で交換される具体的なアイテム)です。これらについては、次回以降に説明していきます。
焦点を当てる関係性の選択(ステップ4)
次の焦点を当てる関係性の選択(ステップ4)においては、既に作成したエコシステムマップとエコシステム動機マトリクスの双方を取り出し、初期のデザイン領域として、最初に焦点を当てるべきエコシステム内のエンティティおよびエンティティ間の関係性を特定していきます(図5)。
ここでは、「プラットフォーム所有者として、自分たちが最初にデザインしたい重要な関係性は何か?」と自問してみましょう。一般的には、一対のエンティティ間の関係性(2サイド)からデザインしていくことから始めます。
図5:焦点を当てる関係性の選択
有名なプラットフォーム企業は、多くのサイドをもっていることがあります。例えば、現在のフェイスブックは6サイドをもっています(※1)。それは、個人利用者としての友達同士を相互に結び付け、広告主が個人利用者に広告を配信可能にするものです。一方で、一般企業は個人利用者とのメッセージ送受信を可能にし、アプリ開発者は個人利用者と一般企業のためのアプリを開発し、その利用を促しています(図6)。とはいっても、フェイスブックの創業時においては、同社は個人利用者同士の2サイドからスタートしていますそれも創業者のザッカ―バーグが通っていたハーバード大学の学生をアーリーアダプター(※2)としてターゲットを絞っていました。
プラットフォーム戦略デザインの初期においては、シンプルな一対の関係性からスタートすべきです。最初から複雑にしてしまうと、デザインした領域の中で何が有効であるかを、次のステージである市場におけるテストと検証を著しく困難にさせてしまうからです。サイドを増やしていくことは、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの最後のステージである成長戦略の策定と実行で取り上げていくことにします。
図6:フェイスブックの6サイドプラットフォーム
このステップにおいて、プラットフォーム所有者として最初にデザインすべきエンティティとその関係性をエンティティリレーションシップモデル(ERモデル)として定義することになります。例えば、エアービーアンドビーの場合、「aというペルソナ(属性)をもつホストA(生産者エンティティ)が、bというペルソナ(属性)をもつゲストB(消費者エンティティ)にスペースを提供(サービス)し、ゲストは生産者に対価(金銭)を支払う。」というものになるでしょう(図7)。これは、プラットフォーム戦略デザインの根底にある関係性のデザインを意味するものです。
図7:エンティティリレーションシップモデル
前回および今回紹介した最初の4つのステップは、いわばプラットフォーム戦略デザインに対する必要条件であり、残りの4つのステップ(次回以降の説明)は十分条件といえます。言い換えれば、優れたプラットフォームに対するデザインプロセスには、エコシステム内のエンティティに関する深い洞察と理解がインプットとして要求されるわけです。これを怠ってしまうと、誰も寄り付かないゴーストタウンのようなプラットフォームが出来上がってしまうリスクを伴います。
さて次回は、これまで生成してきた一連の成果物をベースに、基本的な取引/交流のデザイン(ステップ5)、すなわちプラットフォームがもつべき重要な2つのエンジンの1つ目に話を進めていきましょう。
(※1)「最新プラットフォーム戦略」(朝日新聞出版)をベースに生成しています。
(※2)ここでいうアーリーアダプターとは、初期プラットフォームの機能に若干の不具合があっても、積極的に利用してくれるエンティティを意味します。
筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。
「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done
主な講演
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