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【第9回】プラットフォーム戦略デザイン(5)

前回および前々回において、プラットフォームが装備するべき2つの重要なエンジン、すなわち取引/交流エンジン(エンティティ間の取引コスト低減を目的とするもの)および学習/成長エンジン(エンティティの進化を支援するもの)のデザインについて説明してきました。今回は、プラットフォーム戦略デザイン(図1)における残りの2つのステップについて説明していきましょう。

図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ

プラットフォーム経験の組み立て(ステップ7)

プラットフォーム戦略デザインの7番目のステップは、プラットフォーム経験の組み立てです(図2)。ここでは、取引/交流エンジンおよび学習/成長エンジンでデザインしてきたコンポーネントをレゴのブロックのように組合せながら、プラットフォームの内外において各々のエンティティが経験する一連のプロセス(※1)を組み立て、これを実現するために必要なビジネスモデルの要素を抽出していきます。また、必要に応じて補完的なコンポーネント(補助ツールなど)を加えていきます(図3)。

図2:プラットフォーム経験の組み立て

図3:プラットフォーム経験に対する3つのタイプのコンポーネント

これら3つのタイプのコンポーネントは、後にシステム構築する際のコンポーネントのベースにもなりますが、全てのコンポーネントを自前で準備または構築する必要はありません。例えば、プラットフォーム上に決済機能をもたせるために、プラットフォーム所有者はクレジットカード会社やペイパルのような決済プロバイダーとのAPI(※2)を準備すればよいのです。また、地図情報などの補助ツールもグーグルマップのようなアプリと連携すれば事足ります。

ウーバーの場合、APIを通じて第三者によるサービスとしてのコンポーネントを利用している場合もあれば、自社のAPIを通じて第三者に対してサービス提供している場合もあります(図4)。

図4:ウーバーのAPI連携(※3)

プラットフォーム経験の組み立ての際に活用するツールであるプラットフォーム経験マップの描写手順のポイントについて、概説していきましょう(図5)。

●一対のエンティティのうちの一方(例:ホスト)を選択し、プラットフォーム所有者が提供しようとしているプラットフォーム経験の名称を与えます(例:ホストによるゲストのおもてなし)。

●選択したエンティティに対して優れたプラットフォーム経験を提供するために、プラットフォーム所有者はチャネルごとに以下の3つの基本的なタイプのコンポーネントをレゴのブロックのように活用できます。

1)エンティティ間で現在起こっている、または将来起こる可能性のある最小単位のアクション(取引/交流エンジンボードより)。
2)プラットフォーム所有者によって提供されるエンティティの継続的な学習/成長を支援/促進する一連のサービス(学習/成長エンジンボードより)。
3)その他の補完サービス(他社APIの活用を含む)。

●エンティティ間の取引/交流とプラットフォーム所有者からエンティティに対するサービスを識別するために、異なる色の付箋紙を活用するとよいでしょう。

●プラットフォーム経験の流れが完成したら、中核的なエンティティに対する価値提案、その他のビジネスモデル要素(プラットフォームビジネスの運営に関するアクティビティやリソース、コストや収益など)を検討していきます。

●同様に、もう一方のエンティティに対するプラットフォーム経験マップを描写していきます。

図5:プラットフォーム経験マップ

エンティティが経験する一連のプロセスは、プラットフォーム内で完結することもあれば、エアービーアンドビーやウーバーのようにプラットフォームの内部だけでなく外部(滞在しているスペース、乗車している車中)で起こることもあります(※4)。プラットフォーム所有者は、外部で起こる取引/交流に対して直接的な関与や統制を行うことはできませんが、エンティティのフィードバックや適切なアクションに対するルールやガバナンスの仕組みを作ることにより、間接的な影響を及ぼすことができます。

プラットフォーム経験マップを描写することにより、プラットフォーム戦略を目に見える形にできます。これは、プラットフォーム所有者が各々のエンティティに対する価値提案を具体的に示すものでもあります。

したがって、プラットフォーム経験マップは「私たちが提供するプラットフォームを通じて、皆さんのパフォーマンス上のプレッシャーを軽減し、そのゴールを実現するために、皆さんが現在保有している潜在性をもっと活用できます。また、皆さんが求めている利便性、市場に対するリーチやアクセス、価値の向上をも提供します」という価値提案を具体的なプロセスとして示していなければならないのです。もし価値提案とプラットフォーム経験マップの間にギャップが見つかるようであれば、取引/交流エンジンボードおよび学習/成長エンジンボードを再度見直す必要があります。

(※1)プラットフォーム版のカスタマージャーニーマップと捉えてもよいでしょう。
(※2)API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)とは、ソフトウェアの機能を別のソフトウェアやサービスなどと共有する仕組みを指します。IBM社の試算によれば、APIを通じた経済効果は日本円にして約250兆円(2018年)とのことです。
(※3)参考:UberとAirbnbを支えるAPIエコノミー:DIが読む「Disruptor 50」
(※4)これらは、「ライブ」という言葉(チャネル)で整理してもよいでしょう。

簡易ダッシュボードの生成(ステップ8)

プラットフォーム戦略デザインの最後のステップ(図6)は、プラットフォームデザインキャンバスを活用し、これまでデザインしてきた成果物を1枚のダッシュボードで整理していきます。これまで生成してきた一連の成果物を眺めながら、プラットフォーム戦略デザインの全体的なストーリーを考察することができるようになります(図7)。

図6:簡易ダッシュボードの生成

図7:プラットフォームデザインキャンバス

プラットフォームデザインキャンバスは、2つの大きな次元から構成されています(図8)。キャンバスの右サイドは、選択したエコシステムのダイナミクスであり、プラットフォームがエンティティ間における価値の交換を促進することを表しています。一方、キャンバスの左サイドはプラットフォームのビジョンであり、プラットフォームがエコシステムの活性化に対する支援サービスを提供していることを表しています。過去に紹介したビジネスモデルキャンバスに慣れ親しんでいる方は、プラットフォームデザインキャンバスの代わりにビジネスモデルキャンバスを活用して整理しても良いでしょう。

いずれにしても、プラットフォーム指向のビジネスモデルは自社中心ではなく、エコシステム全体をビジネスモデルの対象範囲として捉えていかなければなりません。プラットフォーム指向のビジネスモデルとは、「選択したエコシステム内におけるエンティティ間の取引コストを低減するとともに、各々のエンティティの成長を支援することで、その対価として金銭を獲得する論理的な仕組み」(※5)と定義できます。

図8:プラットフォームの2つの次元

(※5)金銭は、価値を交換する生産者/消費者の片方または双方から獲得する場合もあるし、その価値交換に関心のある第三者エンティティから獲得する場合もあります。これは、プラットフォームの収益モデルとして後の記事で取り上げます。

プラットフォーム戦略デザインのまとめ

プラットフォーム戦略デザインのステージにおける重要なステップについて整理してみました(図9)。このステージにおいては、特定のエコシステムとその内部におけるエンティティが実在、プラットフォーム所有者によって提供されるプラットフォームにおいて何らかの取引や交流がなされる潜在性があり、プラットフォームが各々のエンティティの取引や交流に対して何らかの価値を提供する可能性を発見するというエコシステム-潜在性-プラットフォームのフィット(E-P-Pフィット)を探ることを目的とするものともいえます。

覚えておくべき重要なことは、これら一連の成果物を固定してはいけないということです。最初にデザインしたものはバージョン1.0であり、これ以降のステージにおいてさらに洗練および拡張させていかなければならないものです。また、デザインした全てのコンポーネントを初期のシステム構築時に搭載していく必要もありません。

図9:プラットフォーム戦略デザインのサマリー

最後に、エコシステムの健全性を図る3つの指標、プラットフォームが装備すべき2つのエンジン、プラットフォームの拡大を促進する2つの車輪という視点からプラットフォーム戦略デザインの重要性を整理してみました(図10)(※6)。

プラットフォーム戦略デザインにおける2つのエンジンは、エコシステムの生産性(各々のエンティティがプラットフォームに参加することで、生産性が向上し、新しいテクノロジーをより早く活用できる)、堅牢性(各々のエンティティの倒産や廃業の率が少なく、末永く生存することができる)、多様性(ニッチなエンティティが台頭し、多様なプロダクトやサービスが生まれてくる)に貢献します。

一方、プラットフォーム所有者はこれら2つのエンジンを備えたプラットフォームを提供することによって、ネットワーク効果(プラットフォームに参加するエンティティが増えるほど、プラットフォームの価値が高まること)と限界費用ゼロ(プラットフォームが拡大するにつれて、1つ追加で価値あるものを生成/提供するためのコストがゼロに近づくこと)を最大限に活かし、スケーラビリティを実現する可能性をもつことになります。ここで得られた利益の一部は、さらなるプラットフォーム投資に向けられます。

これら3つの視点を合わせると、生産者よし、消費者よし、プラットフォーム所有者よしという三方よしの世界ができあがるのです。言い換えれば、これはエコシステムの繁栄と拡張を意味します。

図10:エコシステムの繁栄と拡張

次回は、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの3つ目のステージ「市場におけるテストと検証」について触れていきます(図11)。このステージは、最小実用プラットフォーム(MVP)というコンセプトを活用して、プラットフォーム戦略デザインのステージおける重要な前提条件や仮説が上手く機能するかどうかを、大きな投資をすることなくテスト/検証することを目的とするものです。

図11:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ

(※6):エコシステムの健全性を図る3つの指標は第2回(台頭するビジネスエコシステム)、プラットフォームの拡大を促進する2つの車輪(ドライバー)は第3回(デジタルトランスファメーションとプラットフォーム)で取り上げています。


筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
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