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【第8回】プラットフォーム戦略デザイン(4)

学習/成長メカニズムのデザイン(ステップ6)

前回は、プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの2番目のステージ、プラットフォーム戦略デザイン(図1)における基本的な取引/交流のデザイン(ステップ5)、つまりプラットフォームがもつべき1つ目のエンジンである取引/交流エンジン(エンティティ間の取引コスト低減を目的とするもの)について説明しました。

図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ

今回は、学習/成長メカニズムのデザイン(ステップ6)について説明していきましょう(図2)。これは、プラットフォームがもつべき2つ目のエンジンである学習/成長エンジンのデザインに焦点を当てるものです。学習/成長エンジンとは、プラットフォームに参加することによって、各々のエンティティがプラットフォーム内外における学習や経験を通じて進化し、その結果として様々な役割を担うエンティティが台頭し、最終的には多様な補完的プロダクトやサービスを創造することを可能とするプラットフォーム所有者が提供する一連の支援/促進サービス(ツールを含む)を指すものです。取引/交流エンジンがエコシステムの活性化を促す一方で、学習/成長エンジンはエコシステム拡張の原動力となるものです。

図2:学習/成長メカニズムのデザイン

学習/成長エンジンに対するデザインは、プラットフォームへの参加、プラットフォーム上での向上、新しい機会の獲得という3つのフェーズに分類できます(図3)。各々のフェーズについて、事例を含めて概説していきましょう。

図3:学習/成長に対する3つのフェーズ

・プラットフォームへの参加

1つ目のフェーズは、プラットフォームへの参加に関する支援/促進サービスです。これはオンボーディング(※1)とも呼ばれ、プラットフォームへ新しく参加したエンティティに対して、プラットフォームが機能する方法を容易に理解してもらい、プラットフォームを活用する上でのギャップをエンティティが評価し、最初の取引/交流が迅速に行われるようにするだけでなく、プラットフォームの継続的な利用を促進するための一連のサービスです。取引/交流コストがエンティティ間のものであるのに対し、こちらはエンティティによるプラットフォームへの参加コストと捉えることもできます。

エアービーアンドビーの場合、近隣ガイドやフリーのプロカメラマン(パートナーとしてのエンティティ)による撮影サービスがこれに相当します。ウーバーの場合、ドライバーの登録プロセスを支援する各種プログラム(研修、健康診断、車両や保険の紹介など)が用意されています。メルカリの場合、出品者は数分で登録して商品をアップロードできるようなシンプルなユーザーインターフェースが提供されています。これら全ては、オンボーディングに該当するプラットフォーム所有者による卓越したサービスのお手本です。

・プラットフォーム上での向上

2つ目のフェーズは、プラットフォーム上での向上に関する支援/促進サービスです。これは、他のエンティティとの差別化を図る、あるいは他のエンティティから何かを学び、最終的には新しい能力を獲得し、プラットフォーム上で繁栄するために必要なスキルを強化することを目的とするものです。

アップルのiOSプラットフォームは、アプリ開発者にとって役に立つSDK(ソフトウェア開発キット)や多くのAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)を提供しています。ソフトウェア開発のプラットフォームであるギットハブは、プログラムコードを管理編集しやすい環境を提供しています(バージョン管理を含むコードの一元管理を行うためのリポジトリ(※2)など)。

また、最高のパフォーマンスを発揮しているホストだけに与えられるバッジ(勲章)であるスーパーホスト・バッジは、エアービーアンドビーのプラットフォーム上において向上を促すためのメカニズムでもあります。これは、ゲーミフィケーション(※3)と呼ばれるものであり、多くのプラットフォームが活用している手段です。

これらのサービスは、プラットフォーム上だけでなく、その外部における物理的な場を通じて提供されることもあります。例えば、エアービーアンドビーが開催している地域レベルのミートアップやエアービーアンドビー・オープンと呼ばれるワールドワイドでのイベントも、ホストやゲスト同士を結び付け、他者からの学習を後押しし、相互の知識や経験の共有を目的とするものです。

(※1)オンボーディングとは元来は組織管理で使わる言葉で、会社などの組織に入った新人が任務を遂行するために必要な知識や技能を身に付けるための研修などを指します。
(※2)リポジトリとは、システムの開発プロジェクトに関連するデータやコードの一元的な貯蔵庫を意味するものです。
(※3)ゲーミフィケーションは、ゲームデザイン要素やゲームの原則をゲーム以外の物事に応用することで、主に動機付けを目的として人事、教育、医療分野にも活用されるようになってきました。

・新しい機会の獲得

最後のフェーズは、新しい機会の獲得に関する支援/促進サービスです。これは、前フェーズにおいて獲得した能力を最大限に活用し、より多くの価値あるプロダクトやサービス(時として革新的な)を生成し、より専門性をもったエンティティ(時としてプラットフォーム所有者のパートナー)に転身するための支援/促進サービスです。

最も成功したプラットフォームは、プラットフォーム上で各々のエンティティが構築する新しい潜在性の探索に対するインセンティブを提供していることがあります。例えば、エアービーアンドビーが提供している体験ホストプログラムはそのお手本でしょう。このプログラムにおいて、任意のホストはプラットフォーム上で獲得したスキルや経験を活用して、自身の情熱や能力を組み合わせた通常のツアーでは真似できない独自の企画(例:グルメツアーや地域観光名所のガイド)を実行できるようになっています。

図4:エアービーアンドビーが提供する体験ホストプログラム
(引用元:https://airstair.jp/airbnb-experience-growth/)

第2回で触れましたが、アップル社のiOSプラットフォームはワールドワイドで60万人以上のモバイルアプリ開発者としての雇用を生み出し、イーベイが提供するマーケットプレイスは100万人以上の物品の売買によって生計を立てる個人や組織を生み出したと言われています。これもまた、プラットフォームに参加するエンティティが新しい機会を獲得することによって、プロフェッショナルに転身したケースです。

・学習/成長エンジンボードの生成

学習/成長に対する3つのフェーズを理解したら、学習/成長エンジンボードを活用して、学習/成長のメカニズムをデザインしていきます(図5)。これはプラットフォーム所有者がデザインしようとしているプラットフォームにおいて、選択したエンティティが学習/成長していく進化のプロセスを描くことを目的とするものです。以下にポイントを示しましょう。

●選択した全てのエンティティを学習/成長エンジンボードの左に置き、3つのフェーズ(プラットフォームへの参加、プラットフォーム上での向上、新しい機会の獲得)を通じて、各々のエンティティがどのように進化していくかの探索を始めます。

●全てのフェーズにおいて、1つ以上のチャレンジ(課題)に対して、1つ以上のキーとなるプラットフォームによる支援/促進サービスの候補を挙げていきます。エンティティのチャレンジに関しては、既に作成したエンティティペルソナマップ(ステップ2)を参照するとよいでしょう。

●最終的に、プラットフォーム上の生産者と消費者の結び付け、各々のエンティティが進化していく潜在性とそのプロセスを確認していきます。

図5:学習/成長エンジンボード

このステップでは、プラットフォーム戦略がエコシステム内の各々のエンティティに対して、どのような支援/促進サービスを提供し、継続的に学習/成長していくかについての構造化されたアイデアをもつようになります。

次回のプラットフォーム経験の組み立て(ステップ7)においては、取引/交流エンジンボードおよび学習/成長エンジンでデザインしてきた各々の要素をレゴのブロックにように組み合わせながら、選択した各々のエンティティがプラットフォームの内外を通じて経験する一連のプロセス(プラットフォーム経験ジャーニー)を描写する方法を紹介していきましょう。


筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done

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    • PMI⽇本フォーラム2018(ジョブ理論によるイノベーションプロジェクト)
    • ⽇経ものづくりセミナー(知財ビジネスモデル)
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