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【第5回】プラットフォーム戦略デザイン(1)

プラットフォーム戦略デザインステージ

前回は、エコシステムの状況、生産者のバリューチェーン、消費者のジョブという3つの視点から、プラットフォーム事業機会を探索するためのアプローチを紹介しました。今回から複数回に分けて、本連載のメインテーマであるプラットフォーム戦略デザインという2番目のステージについて説明していきます(図1)。プラットフォーム戦略とは、選択したエコシステム内における価値の交換を活性化し、その対価として金銭を獲得することを目的とするプラットフォーム所有者によって、策定および実行される最も重要かつ基本的な戦略を意味するものです。

このステージにおいては、プラットフォーム所有者(この段階においては所有予定者)は実在する既存のエンティティ(選択したエコシステム内におけるプレイヤーやアクター)をマッッピングしながらクラスタリングし、各々のペルソナを理解し、それらの間における価値の交換に関する潜在性を探っていきます。

最終的に、プラットフォーム所有者は2つの重要なプラットフォームエンジン(取引/交流エンジンおよび学習/成長エンジン)をデザインし、持続可能性のあるビジネスモデルに沿った各エンティティのプラットフォーム経験を組み立てていきます。また、このステージにおいて生成された成果物は、次のステージである市場におけるテストと検証において役立てられます。

図1:プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインの4つのステージ(※1)

プラットフォーム指向のビジネスモデルデザインにおいては、デザイン思考、リーンスタートアップ、ジョブ理論といったフレームワークやマインドセットの一部を取り入れていきます。ただし、ここでの対象はプロダクトのデザインではなく関係性のデザインです。関係性のデザインとは、選択したエコシステム内におけるエンティティ間の取引や交流を促進し、各々のエンティティが学習を通じて成長するためのプラットフォームに関するデザインを意味します(※2)。

(※1)第1回でも触れましたが、これは「Platform Design Toolkit」と呼ばれるフレームワークであり、クリエイティブ・コモンズのShareAlike 4.0インターナショナル・ライセンスの下でライセンスされています。日本語でのローカライズとカスタマイズは、ビジネスイノベーションハブ株式で会社が行っています。
(※2)ERモデル(エンティティ・リレーションシップ・モデル)をデザインするデータベース設計者にとって、このアプローチは親しみやすいかもしれません。

プラットフォーム戦略デザインの8つのステップ

次に、プラットフォーム戦略デザインステージにおける8つの主要なステップについて簡単にご紹介していきましょう(図2)。

1. エコシステムのマッピング:最初に、選択したエコシステム内に実在している可能性のある全てのエンティティをマッピングしていきます。

2. エンティティのペルソナ描写:このステップでは、各々のエンティティに関する首尾一貫した人物、チーム、組織の全体像を描いていきます。

3. 交換価値の潜在性分析:このステップでは、各々のエンティティの間で現在交換されている、または将来交換される可能性のある価値の流れを分析していきます。

4. 焦点を当てる関係性の選択:このステップでは、最初に焦点を当てるべきエコシステム内のエンティティとエンティティ間の関係性を特定していきます。

図2:プラットフォーム戦略デザインの8つのステップ

5. 基本的な取引/交流のデザイン:このステップでは、プラットフォーム上において、前ステップで特定したエンティティ同士がいかに容易、安価、迅速に取引/交流することに役立つかを整理していきます。

6. 学習/成長メカニズムのデザイン:このステップでは、プラットフォーム上において、各々のエンティティが学習/成長していく進化のプロセスをデザインしていきます。

7. プラットフォーム経験の組み立て:このステップでは、基本的な取引/交流のデザイン(ステップ5)、学習/成長メカニズムのデザイン(ステップ6)から発見したものを組合せながら、プラットフォーム上において各々のエンティティが経験するプロセス(プラットフォーム経験ジャー二―)を組み立て、それに必要とされるビジネスモデルの要素を加えていきます。

8. 簡易ダッシュボードの生成:最後のステップとして、これまでデザインしてきた成果物を1枚のダッシュボードで整理していきます。

今回のブログでは、エコシステムのマッピング(ステップ1)、エンティティのペルソナ描写(ステップ2)について概説していきましょう。

エコシステムのマッピング(ステップ1)

プラットフォーム戦略デザインにおける最初のステップは、選択したエコシステム選択したエコシステム内に実在している可能性のある全てのエンティティをリストアップし、エコシステムマップと呼ばれるツールにマッピングしていくことから始まります(図3)。

図3:エコシステムマップ

エンティティは、5つの主要なタイプに分類することができます。イメージ的には、中心に近いエンティティであるほど、プラットフォーム所有者と緊密な関係性をもっているといえます(図4)。

プラットフォーム所有者:プラットフォームを所有し、エコシステム全体が進化および繁栄することを約束するエンティティです。プラットフォーマー、プラットフォーム形成者、ネットワーク指揮者などと呼ばれることもあります。プラットフォーム所有者は、組織やチームであったり、コミッティやコンソーシアムの形態を採用したりすることもあります。例えば、エアービーアンドビー、アップルのiOS、グーグルのアンドロイドなどです。

外部利害関係者:プラットフォームの成功や失敗における特定領域の関心をもったり、プラットフォームの成果や外部環境への影響を統制しようとしたりするエンティティです。例えば、規制当局、市議会、業界団体、支援団体などです。

パートナー:専門的な付加価値を生成し、プラットフォーム所有者と強い関係性をもって協働することを目的とするエンティティです(プラットフォームを実際に立ち上げる前においては、パートナー候補)。例えば、エアービーアンドビーのスーパーホスト、ワードプレスのテーマ開発者、iOS/アンドロイドのプラットフォーム上で開発する企業、エンジェルリストのスーパーエンジェル、ワードプレスクラウドのサービスプロバイダーなどです。

ピア生産者:エコシステム/プラットフォームの供給サイドにおける価値を生成/提供し、より良いパフォーマンスを達成することに関心をもつエンティティです。ピア提供者と呼ばれることもあります。例えば、エアービーアンドビーの一般ホスト、散発的に運転するウーバーXのドライバー、iOS/アンドロイドのプラットフォーム上で初めてのアプリを公開しようとする開発者などです。

ピア消費者:エコシステム/プラットフォームの需要サイドを通じて、生成された価値を消費、利用、または価値にアクセスすることに関心をもつエンティティです。ピア利用者と呼ばれることもあります。例えば、エアービーアンドビーの一般旅行者、ワードプレスの一般ブロガー、エンジェルリストの一般投資家などです。

ピアという言葉は、「対等や同士」を意味します。全てのエンティティに該当するわけではありませんが、これはある状況において特定の消費者が生産者の立場になったり、特定の生産者が消費者の立場になったりすることを指します。例えば、エアービーアンドビーの一般旅行者が、自身の保有している家や別荘を他の一般旅行者に提供しようとする場合などです。ウィキペディア、リナックス、クックパッドなども同様です。成長戦略の策定と実行のステージで紹介しますが、プラットフォーム所有者がこれをプロモーション活動の一貫として推奨することをサイドスイッチングと呼び、プラットフォームビジネスをスケールアップさせるための戦術の1つとなります。

図4:エンティティの5つのタイプ

著名なプラットフォーム企業における中核的な生産者と消費者のサンプルを示します(図5)。

図5:プラットフォーム所有者、ピア生産者、ピア消費者のサンプル

実践的には、エコシステム内に類似するエンティティが存在する場合、必要に応じてグルーピングしながら整理していきます。エンティティのジョブ(ある状況において、成し遂げようとしていること)をベースにグルーピングすることも1つのアイデアです。例えば、ユーチューブを視聴する特定の消費者のジョブは「何らかのスキルを習得すること」かもしれませんし、他の消費者のジョブは単に「暇つぶしをすること」かもしれません。いずれにしても、最初の段階では厳密に区別することに固執する必要はありません。次のステップにおいて、より明確になっていくことでしょう。

このステップの終了時点において、プラットフォーム所有者として活性化しようとしているエコシステム内の全ての可能性のあるエンティティをリストアップすることができるでしょう。このリストから始めることにより、各々のエンティティのペルソナを描き、各々のエンティティ同士で現在何を交換しているのか、または将来何を交換することができる可能性があるのかの評価を始めることができるようになります。

エンティティのペルソナ描写(ステップ2)

このステップにおいては、前ステップでリストアップした各々のエンティティに関する首尾一貫した人物、チーム、組織の全体像、すなわちペルソナを描いていきます。ここでは、エンティティペルソナマップというツールを活用していきます(図6)。

最初に、中央左の円の中に、エンティティの名称とタイプを記入します。ペルソナをイメージしやすくするために、写真やイラストを挿入すると良いかもしれません。次に、エンティティの潜在性(資産と能力)、パフォーマンス上のプレッシャー、現在のゴール、プラットフォーム参加による向上の追求(利便性の向上、アクセス/リーチの向上、価値の向上)という要素の順で描写していきます。エンティティペルソナマップを活用すれば、必要に応じて各々の要素を適切な場所に移動させることもできます。実践的には、各々のエンティティの代表者とのインタビューを行ったり、ワークショップ実施によって直接的に参加してもらったりすることが必要です。類似するエンティティのペルソナの相違は、エンティティの再グルーピングに役立つかもしれません。

各々のエンティティのペルソナを構成する要素には、以下のようなものがあります。

活用することができる潜在性:そのエンティティが現在保有していながら、十分にその潜在性を市場(エコシステム)にアピールすることができていない主要な資産や能力は何か?(スペース、お金、特殊なスキルや技術)

パフォーマンス上のプレッシャー:技術的、社会的、経済的な観点より、そのエンティティが抱えているパフォーマンス上のプレッシャーは何か?(不安定な収入、コストなど)

現在のゴール:現在、そのエンティティが実現したい主要なゴールは何か?(新しいスキルの習得、経済な安定性、収入の増加など)

利便性の向上:そのエンティティが求めている利便性の要素は何か?(ウェブサイトの生成と保守を楽にしたい、簡単な方法で支払いを管理したいなど)

アクセス/リーチの向上:そのエンティティが期待するエコシステムへのアクセスはどのような種類か? どのようにリーチを増やそうとしているのか?(多くのニッチや集約的な需要を見つけたい、新しいカテゴリのエンティティにリーチしたい、新しい地域に触れたいなど)

価値の向上:そのエンティティがエコシステム内において究極的に求めているのは、どのようなタイプの価値か?(収入や節約のような金銭的な価値、ステータス、経験、安全、知識など)

図6:エンティティペルソナマップ

このステップでは、プラットフォーム所有者として活性化しようとしているエコシステム内に存在する特定のエンティティに対する価値提案の初期アイデアが見えてくるようになるかもしれません。例えば、「私たちが提供するプラットフォームを通じて、皆さんのパフォーマンス上のプレッシャーを軽減し、そのゴールを実現するために、皆さんが現在保有している潜在性をもっと活用できます。また、皆さんが求めている利便性、市場に対するリーチやアクセス、価値の向上も提供します」というような価値提案です。

エンティティペルソナマップは、ステップ7で説明するプラットフォーム経験マップを合わせて相互チェックする必要があります。なぜならば、各々のエンティティが求めているものを、プラットフォーム上で提供しているかどうかを検証する必要があるからです。それは、各々のエンティティに対するプラットフォームへの参加誘導の有効性を確認するためでもあります。

次回は、交換価値の潜在性分析(ステップ3)および焦点を当てる関係性の選択(ステップ4)に進んでいきましょう。


筆者:白井和康
ビジネスイノベーションハブ株式会社代表取締役。大手システムインテグレーター、コンサルティングファームを経て、2014年11月にビジネスイノベーションハブを設⽴。ビジネスモデルのイノベーションに関するコンサルティング、プロジェクト支援を手掛ける。㈱ガイアックスのパートナーとして、プラットフォームサービスのビジネス戦略ノウハウを1日で習得できるワークショップ を定期開催。

「ビジネスアーキテクト養成講座」
https://bizzine.jp/article/corner/13
「事業企画の現場で使うツール」
https://bizzine.jp/article/corner/52
「顧客のジョブを商品開発や事業開発に使うためのノウハウ」
https://bizzine.jp/special/jobs_to_be_done

主な講演

    • PMI⽇本フォーラム2018(ジョブ理論によるイノベーションプロジェクト)
    • ⽇経ものづくりセミナー(知財ビジネスモデル)
    • 翔泳社/⽇⽴Business Book Academy(ビジョンとミッションの作り方)
    • ビジネスモデルイノベーション協会(ビジネスモデルオリンピア2016)
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